星野日本4位…審判に戸惑ったまま/野球

- 3位決定戦で米国に敗れメダルも逃し五輪マークの上を引き揚げる星野監督
<北京五輪・野球:米国8-4日本>◇23日◇3位決定戦
星野ジャパンが4位という最悪の結末に終わった。日本代表は、3位決定戦でマイナーリーガー、大学生で編成された米国に4-8と完敗。2度のリードも2発であっさり追いつかれ、5回に2番手川上憲伸投手(33)が痛恨の4失点。投打の歯車が最後までかみ合うことはなかった。メダルなしは00年シドニー五輪以来で、1次リーグから通算4勝5敗と惨敗した星野仙一監督(61)は「わたしに力がなかった。ファンには本当に申し訳ない」と謝罪。代表チームは24日、帰国する。決勝は韓国がキューバを3-2で下し、1次リーグから全勝で初の金メダルを獲得した。
日の丸が揺れるスタンドに向かって、星野監督は深々と頭を下げた。ファンへの“ざんげ”だった。公式会見では気丈に、精いっぱいの強がりをみせた。
星野監督 わたしに力がなかった。ただ(五輪に出場した)プロの選手はかわいそうだ。これは言い訳でもなんでもない。強く言いたい。ストライクゾーンなど、ほかの世界で野球をやってる感じだった。そういうものも含め、野球の難しさを知ったというか、初めての野球と巡り合った。
1次リーグ初戦のキューバ戦後、「投打とも国際審判に戸惑ってる」ともらした。外角に広いとされた傾向のストライクゾーンだが、その日の球審によってばらつきが激しく、最後まで慣れることはなかった。「メジャーリーグの審判はテレビで見ていて、こんなものかと思うけど、今日は驚きを超えていた。少なくともプロに出ろというなら、プロの審判にしてほしい」と、ここだけは注文をつけた。
それも影響してか、打線はつながりを欠いた。川崎が左足甲、西岡が右脇腹に痛みを訴え、オーダーを固定することはできなかった。村田、阿部、G・G・佐藤、里崎と並ぶ打線ではエンドランなど機動力を使った作戦の選択肢はおのずと狭まった。
さらに“星野流”の選手起用は裏目に出た。22日の韓国戦で2失策のG・G・佐藤が、この日も3回に痛恨の落球。昨年12月のアジア予選メンバーを基本にしたが、6月に好調のG・G・佐藤を追加招集。右打者不足が理由だった。同じ右の和田(中日)らも候補だったが、最終的にはG・G・佐藤にこだわった経緯がある。
根底には「情と非情の使い分け」がある。中日、阪神の監督時代、試合で打たれた投手を翌日も使って立ち直らせるなど、長いシーズンを考えればこその起用法だった。この日は米国の先発が左腕アンダーソンだったこともあったが、森野ではなくG・G・佐藤を先発させた。しかし、青木の3ランで勝ち越した直後の3回裏、凡フライを落球。それが尾を引き、和田が1死一、二塁から4番ブラウンに同点3ラン。1次リーグから打たれ続けた岩瀬は、立ち直ることはなかった。打線では村田にこだわったが、不振を極めるなど「情」をかけた選手起用は、短期決戦では裏目に出た。「日本で金メダルを期待したファンには本当に申し訳ない気持ちだ。選手はたまたま調子が出なかっただけ。日本の野球はこんなもんじゃない!」と、悔しさをこらえて言った。
宿舎に帰った後、全員を前にして「生涯でいい経験になったと思う。これを将来、指導者になったときも忘れないでほしい」と熱く訴えた。北京で受けた屈辱を胸にしまい込んで、いつか晴らすときを待つしかない。【寺尾博和】
[2008年8月24日8時57分 紙面から]
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