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日本のメダル史


2000年シドニー大会

高橋尚子、五輪最高記録で金メダル

バンザイしながら1着でゴールする高橋尚子
バンザイしながら1着でゴールする高橋尚子(撮影・西尾就之)=2000年09月24日

 やったね高橋、最強女王だ! 女子マラソンの高橋尚子(28=積水化学)が、史上最強女子ランナーの称号を手にした。26キロすぎから優勝候補の一角、リディア・シモン(27=ルーマニア)と激しい一騎打ち。35キロ手前から一気に突き放し金メダルを獲得した。2時間23分14秒の優勝タイムは、84年ロサンゼルス大会でベノイト(米国)が出した2時間24分52秒を、16年ぶりに1分38秒も縮める五輪最高記録。陸上女子では史上初の金メダルという快挙となった。

 待ちこがれた坂だ。練習で克服した大好きな坂だ。ためらうことはない。「今だ!」。高橋の心臓の鼓動が一気に高鳴る。体内時計もリセットした。シモンの失速も見逃さない。35キロ付近のアップダウン。15日のシドニー入り後、この付近に一軒家を借り練習で毎日走った勝負どころだ。

 スパートのシグナルを自ら出す。「こうした方がイキイキしていい」。サングラスを外すと、沿道で応援する父良明さん(59)兄哲朗さん(31)に向かって投げ捨てた。一気のスパートで、シモンを突き放す。影をも踏ませぬ走りで金メダルロードを爆走する。

 「呼吸は苦しくない。でも足が全然、前に進まない」。これまでにない重圧、後ろから迫るシモンの「幻影」……。最後の気力を振り絞り、栄光のフィニッシュ! 握りしめた両こぶしを突き上げる。五輪最高記録の誕生だ。新女王は腰に手をあてると、スタンドに深々と一礼した。

 歓喜のウイニングラン。何本もの日の丸を体に巻き付けながら、高橋はスタンドに目を凝らした。「監督はどこにいるの?」。世界女王に導いてくれた恩人を探した。その時、還暦を過ぎたヒゲの名伯楽、小出義雄監督(61)は、高橋の歩調に合わせ、反時計回りに「ココだよキューちゃーん(高橋の愛称)、ココ!」と絶叫しながら、スタジアムの通路を走った。大観衆で互いに姿が見えない。1周してやっと再会した2人。「よくやったな。最後、きつかったろ」。高橋の目が潤んだ。

 「監督、最後のスパートは、32キロから35キロの間の好きなところで行きます」。前夜10時の就寝前、小出監督に直訴した高橋。「あすはレースなんですよね。なのに、何でこんなに緊張しないんでしょうか」。それから3時間もたたないうちに、2人は目を覚ました。五輪特有の緊張感は、確かにある。だが、死ぬ気で乗り越えた地獄の練習の裏付けがある。「ウトウトしてるだけでいい。人間、一晩ぐらい寝なくたって死にゃしない」。その言葉に救われ、金メダル戦略を実行に移せた。

 スタート地点。ヘッドホンから流れる「hitomi」のポップ調の曲に合わせ、ダンスのようにリズムを取る高橋がいた。直前の左足故障で涙を流した昨夏の世界選手権以来、待ちこがれたスタートライン。その瞬間を、元気な姿で迎えられる自分がうれしかった。

 小出監督と練り上げた戦術は、忘れていない。一気の下りでダークホースのレンデルス(ベルギー)が飛び出しても、焦りはない。集団で12キロ手前で吸収。「17キロの折り返しまでは引っ張っちゃダメ。周りに強いのがいっぱいいるからな」。ロルーペの脱落こそ計算外だったが、指揮官の言葉通りに走る。「22キロから24キロの間に後ろを切っておけ。30キロで3人ぐらいにして、32キロから37キロの間でスパートしろ。あとは一気に行け!」。

 青写真に寸分のズレもない。体が温まった18キロすぎにペースを上げ、22人の先頭集団を破壊した。20キロで5人、27キロ手前のアンザックブリッジの上りで市橋を振り切り、シモンとのマッチレースに持ち込む。10キロ以降のラップ(5キロごと)をただ1人16分台で走り続けたスタミナ、機を逃さない判断力、相手に「試合放棄」させるスピード、綿密なレースメーク……。2年前の名古屋国際以降、これで4連勝の高橋は、勝ちパターンも4通り。史上最強の称号が、これ以上ふさわしい選手は見当たらない。

 「この時代に生き、監督に巡り合えて本当に良かった。長い距離を1番練習したという自信を信じて走りました。わたし1人で取った金メダルじゃない。監督、コーチ、スタッフのすべての人が『自分は世界一のサポートをするんだ』という気持ちでやってくださった結果。みんなの世界一が1つになりました」。

 6月中旬の練習では、あまりの苦しさに「走りたくありません」と後ずさりしたこともあった。女性には非常識とされる標高3500メートルの超高地トレでは、手足がしびれ呼吸困難に陥った。そんな苦闘の日々のことは、おくびにも出さなかった。

 高橋の元に実は、米国のあるエージェントから「マネジメントをやらせてほしい」という依頼がある。「プロ」としての期待を世界も寄せている。「来年の春はぜひ、海外レースを走りたい。今度はタイムを狙います」。1分5秒先にある、世界最高記録更新という壮大な夢――。高橋ならあっさりとやってのけるはずだ。

 (年齢、所属は当時)




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