山崎競歩7位で日本勢初入賞/陸上

- 五輪公園の周回コースで前の選手を追う山崎(撮影 P・ヌッチ)
<北京五輪:陸上>◇22日◇男子50キロ競歩
陸上男子50キロ競歩の山崎勇喜(24=長谷川体育施設)が、3時間45分47秒で7位に入った。競技役員の誘導ミスで途中棄権になった07年世界選手権から約1年。レベルアップに成功し、日本勢として競歩初の入賞を果たした。4年後のロンドン五輪で、メダル取りに挑戦する意欲を示した。
鳥の巣に、山崎が帰ってきた。最後の直線で、白い帽子を取り、サングラスを外す。陸上競技で最も長い50キロを歩き終え、右手を上げながらフィニッシュラインをまたいでいった。少し、ほおが緩んだ。7位入賞。36年ベルリン大会以来、のべ34人が挑戦してきた五輪の男女競歩で最高の結果だった。
「トイレに行っていいですか?」。取材エリアに現れ、第一声がこれだった。腹を下していた。16日の20キロ競歩後、うな重3人前をドカ食いしたことも原因の1つ。疲労で内臓が弱っていたが、これまでのハードな練習の積み重ねが、3時間半を超えるレースを耐える原動力になった。
「入賞できて、最低限のことはできました。達成感もあるけど、悔しさも残ります」。11キロすぎに、先頭集団から脱落した。中盤以降はしぶとく歩き、一時は5位をキープ。45キロすぎから2人に抜かれたが、最後まで粘り抜いた。早期敗退が続く日本陸上陣の中で、2人目の入賞だった。
昨年とは、地力が違う。世界選手権で誘導ミスに遭い、5番目でゴールしながら途中棄権扱いになった。だが、恨み節はなし。「フラフラで、あのまま行っても、入賞はできていなかったから」。今回も、1年前の出来事が頭をよぎった。「でも、今日は意識がはっきりしていた。誘導ミス? それも思い出しました。最後は楽しみながら歩きました。力が付いたなと」。
06年途中から、女子マラソンの元世界女王・浅利純子を育てた鈴木従道監督が就任。急に練習が厳しくなり、戸惑った。合宿リポートを陸連に提出するため、同監督から感想文を求められると「昼寝の時間がなくなって困った」と書いた。当時はあきれられたが、今は違う。合宿中は1日4回、月にマラソン選手並みの1600キロを歩き込むまでになった。
鈴木監督は「五輪が終わったら、競歩の連中に山崎がやった練習を公開する。これだけやらないと世界で戦えないんだと。今まで指導者も甘すぎた。今でも甘い。みんながレベルアップしたらメダルにつながるよ」と話す。山崎もその気だ。「次のロンドンでは、メダルを取りたいです」。目標も結果も、駆け足でなく、着実に歩を進めている。【佐々木一郎】
[2008年8月23日9時6分 紙面から]
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