初コンビ球児&浩治が締めた/アジア予選

- 台湾対日本 上原(右)と抱き合う藤川(撮影・田崎高広)
<北京五輪アジア予選:日本10-2台湾>◇3日◇台湾・台中
日本代表は台湾を10-2で破り、3戦全勝の1位で7大会連続の五輪出場(公開競技を含む)を決めた。8回からは藤川、上原の抑えの右腕コンビ「球児・浩治」が各1回をピシャリと締めた。
歓喜の中心に立ったのは、やはり上原だった。9回裏に連投で登場。併殺打に打ち予選突破を決めた瞬間、マウンド上で雄たけびを上げた。星野監督にウイニングボールを手渡したが、グラブをはめたままで胴上げはできず。輪の一番外でバンザイだ。
上原「疲れたなぁ。しぶとく体を張った野球をする韓国に負けなかった。今日はそれほどプレッシャーはなかった。本当にホッとしている。早く休みたい」。
最後は「球児・浩治」で締めた。5点リードの8回。先発ダルビッシュの後を受けて藤川が今大会初登板。里崎のリードに首を振った。選んだのは「火の玉ストレート」。WBC1次リーグで二塁打を浴びた2番張建銘を空振り三振に。3、4番打者も、力でねじ伏せた。
投げた10球すべてが直球だった。06年3月のWBCでは米国、韓国戦と2試合連続でストレートを決勝打された。星野監督には「低めで勝負するべきだ」と指摘され、悩んでいたという。しかしポリシーを曲げず、分かっていて打てない高め直球をどんどん投げた。今大会初めて巡ってきた出番。日の丸への思いを白球にぶつけた。
藤川「登板できてよかった。この大会で勝ち抜くことが目標だった。個人的なことになるけど(WBCの)借りがあったので返したかった」。
上原は普段、腕時計をしない。しかし代表が初めて集う日、左手に白い文字盤の腕時計があった。「桑田さんに頂いた、オレの宝物や」。時計を外すと、裏には「沢村賞 2002」の刻印。日本人投手のタイトルとして、最も大切にしている賞だ。宮崎合宿中、藤川は「上原さん、沢村賞を2度取っているんですか…。僕もいつか、取れますかね」と上原に聞いた。現代日本プロ野球が誇る至宝のコンビ。「球児・浩治」で金メダルまで突き進む。【宮下敬至】
[2007年12月4日9時41分 紙面から]
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