ダル7回2失点も責任果たす/アジア予選

- 台湾対日本 日本先発のダルビッシュ(撮影・田崎高広)
<北京五輪アジア予選:日本10-2台湾>◇3日◇台湾・台中
これが日本のエースだ。台湾戦に先発したダルビッシュ有投手(21)が、7回を被安打3の2失点に抑え、日本を北京五輪出場に導いた。制球が定まらず本調子とはいえなかったが、雄たけびを上げ、3回からは長袖のアンダーシャツを脱ぐ熱投。多彩な変化球と最速151キロの速球を駆使して大一番での重責を果たした。
ひざを曲げながら目線を合わせて、1人ひとりと抱き合った。ダルビッシュが、台中から北京へと続く道を貫通させた。固く、熱い、男同士の抱擁を堪能した。大一番での勝利投手。「完全アウエーでした。結果を残すことしか考えていなかった」。異様なムードの中、ボロボロになりながらも7回まで投げ切った。日の丸を台中の空へはためかせた。
初回から制球が乱れ、苦心の97球。「良かったボール? 何もなかった」。完ぺき主義者ゆえのコメントだったが、5回までは悪いなりに踏ん張って得点を与えなかった。1点リードの6回2死一塁。台湾4番の陳金鋒に、真ん中へ入ったツーシームを右中間スタンドに運ばれた。逆転2ランを浴びてマウンドでぼうぜんと立ち尽くした直後、打線が爆発して逆転した。任されたラスト7回。この日最速151キロをマークし、無失点でエースの意地を見せた。「球児・浩治」へ北京へのバトンを渡した。
闘将からのメッセージを右腕に乗せた。台湾入り後に直接、この日の先発を通達された。「決勝でいくから。決めて欲しいから、みたいに言われた」。星野監督がポイントに置いていた、アウエーとなる3戦目の台湾戦を託された。「絶対に負けない。負けないな、と思っていた」。許した安打はわずかに「3」。厳しい冷え込みに2回までは長袖だったが、3回からはノースリーブを着用。シーズン中の勝負ルックに変身し、マウンドで何度もほえた。
宮崎での合宿の集合日の11月11日。女優のサエコ夫人の故郷で婚姻届を提出し、晴れて夫婦になった。結婚を1つのきっかけに日本国籍を選んだ。大舞台で、夫が日の丸を背負う姿を見たい。妊娠中、身重の体の愛妻から、台湾入りを切望された。「『来たい、来たい』って言っていたんですけれど、それは絶対にダメだって言いました。(母体に)何があるか分からないですから」。そんなかわいいワガママをはねつけ、乗り込んだ。
プロ入り後、初めて日の丸を背負って戦った。「日本で生まれて、育ち、日本の野球をやってきたんだから。急な話になってしまったから、本人も少しは迷いはあったかもしれませんね」。そう応援していた父ファルサさんのイランではなく、日本を選んだ。ダルビッシュは言った。「五輪? 体を休めて(来年)選ばれる成績を残せたらと思う」。金メダルへと続く道にダルビッシュがいる。【高山通史】
[2007年12月4日9時43分 紙面から]
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