2000年シドニー五輪
日本、初のメダルなし 松坂大輔は悔し泣き

- 日本は韓国に敗れ初めてメダルなしの4位。韓国に敗れ、ベンチでうなだれる松坂大輔(中央)ら日本ナイン(共同)=2000年9月27日
◇2000年9月27日◇シドニー五輪3位決定戦 韓国戦
涙が止まらなかった。勝ちたかった。西武松坂大輔投手(20)が初めて泣いた。シドニー五輪、27日の3位決定戦。銅メダルをかけプロ入り初の中3日で韓国戦に先発。7回まで3安打10奪三振で無失点。だが、打線の援護がなく、8回に3失点と力尽きた。五輪初黒星で、野球が公開競技として始まった84年のロサンゼルス五輪以来、5大会目にして初めてメダルなしとなった。松坂はロッカー室で悔し涙を見せ、4年後のアテネ大会でリベンジを誓った。
涙が自然とあふれてきた。初のプロアマ合同チームで臨んだ五輪。メダルに届かなかった。ロッカー室でナインが体をくの字にして、うずくまっていた。淡々と取材に答えた松坂が、最後にその部屋に入ってきた。その瞬間だった。怪物の目に涙がにじんできた。「ロッカーに入って、みんなの姿を見たら、もらい泣きしました」。
打たれても、敗れても、弱音や泣き言は口にしない。悔し涙を見せるのは、横浜高2年の夏の神奈川県大会。準決勝の横浜商戦でサヨナラ暴投を演じたのが最後だった。プロに入っても涙と無縁だった右腕がシドニーで泣いた。「チームの役に立てなかった。勝ちに結びつかず悔しい」。17日の開幕米国戦から11日目。松坂で始まった五輪は松坂で終わった。
痛恨の122球目だった。それまで韓国打線を4安打に封じていた松坂が追い込まれる。2死二、三塁。打席には「韓国の松井(巨人)」と呼ばれる3番李承〓。23日予選リーグで2ランを浴びた相手だった。カウント2-3。「何を投げるかちょっと迷ったんです」。この日、3打席で3奪三振と借りは返していた。選んだ速球は153キロをマークした。だが甘く入り、打球は適時二塁打となって左中間を抜けていった。
昨秋アジア予選から背負い続けた「JAPAN 18」。「今日の一戦はベンチの選手、こっちに来られなかった選手の気持ちも、背負って投げました」。この日のヒーロー李承〓には「140キロのスライダーなんて恐ろしい。韓国にはそんな投手はいないよ」と言わせたが勝負で負けた。
8回の失点は横浜高の先輩平馬の失策が絡む。先輩のミスを取り返せなかったことも松坂を苦しめた。3試合で27回を投げ、防御率2・33。25奪三振は92年バルセロナ大会で伊藤智仁投手(現ヤクルト)がつくった大会記録27三振に迫る快投だった。それでも勝ち星を手にすることなく、松坂の五輪は終わった。
3戦で427球を投げた。「ただのいい経験で終わるか、経験を生かして財産になるかは、自分次第。今後にかかってくると思う」。口元を引き締め、空を見上げた。「日本に帰れば公式戦があるので頑張りたい。でも4年後にまた選ばれたら、この悔しさを晴らしたいです」。シドニーの空はアテネまで続いている。【田誠】
※〓は火ヘンに華
| 準決勝 | ●0-3 | キューバ |
|---|---|---|
| 3位決定戦 | ●1-3 | 韓国 |
| 順位 | チーム名 | キューバ | 米国 | 韓国 | 日本 | オランダ | イタリア | 豪州 | 南アフリカ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | キューバ | × | ○ (6-1) |
○ (6-5) |
○ (6-2) |
● (2-4) |
○ (13-5) |
○ (1-0) |
○ (16-0) |
| 2 | 米国 | ● (1-6) |
× | ○ (4-0) |
○ (4-2) |
○ (6-2) |
○ (4-2) |
○ (12-1) |
○ (11-1) |
| 3 | 韓国 | ● (5-6) |
● (0-4) |
× | ○ (7-6) |
○ (2-0) |
○ (10-2) |
● (3-5) |
○ (13-3) |
| 4 | 日本 | ● (2-6) |
● (2-4) |
● (6-7) |
× | ○ (10-2) |
○ (6-1) |
○ (7-3) |
○ (8-0) |
| 5 | オランダ | ○ (4-2) |
● (2-6) |
● (0-2) |
● (2-10) |
× | ○ (3-2) |
○ (6-4) |
● (2-3) |
| 6 | イタリア | ● (5-13) |
● (2-4) |
● (2-10) |
● (1-6) |
● (2-3) |
× | ○ (8-7) |
○ (13-0) |
| 7 | 豪州 | ● (0-1) |
● (1-12) |
○ (5-3) |
● (3-7) |
● (4-6) |
● (7-8) |
× | ○ (10-4) |
| 8 | 南アフリカ | ● (0-16) |
● (1-11) |
● (3-13) |
● (0-8) |
○ (3-2) |
● (0-13) |
● (4-10) |
× |
| ポジション | 選手名 | 年齢 | 所属 |
|---|---|---|---|
| 監督 | 大田垣耕造 | 50 | 東芝 |
| 投手 | 土井善和 | 30 | 日本生命 |
| 河野昌人 | 22 | 広島 | |
| 渡辺俊介 | 24 | 新日鉄君津 | |
| 吉見祐治 | 22 | 東北福祉大 | |
| 石川雅規 | 20 | 青学大 | |
| 山田秋親 | 22 | 立命大 | |
| 杉内俊哉 | 19 | 三菱重工長崎 | |
| 松坂大輔 | 20 | 西武 | |
| 杉浦正則 | 32 | 日本生命 | |
| 黒木知宏 | 26 | ロッテ | |
| 捕手 | 鈴木郁洋 | 25 | 中日 |
| 阿部慎之助 | 21 | 中大 | |
| 野田浩輔 | 22 | 新日鉄君津 | |
| 内野手 | 松中信彦 | 26 | ダイエー |
| 平馬 淳 | 25 | 東芝 | |
| 中村紀洋 | 27 | 近鉄 | |
| 田中幸雄 | 32 | 日本ハム | |
| 沖原佳典 | 28 | NTT東日本 | |
| 野上 修 | 26 | 日本生命 | |
| 外野手 | 田口 壮 | 31 | オリックス |
| 梶山義彦 | 30 | 三菱自動車川崎 | |
| 飯塚智広 | 24 | NTT東日本 | |
| 広瀬 純 | 21 | 法大 | |
| 赤星憲広 | 24 | JR東日本 |
※年齢、所属は当時



