上原代表引退「上位と力差あった」/野球

- 3位決定戦で登板機会がなく、悔しそうな上原。左は森野
<北京五輪・野球:米国8-4日本>◇23日◇3位決定戦
日本代表の上原浩治投手(33)が23日、今後行われる国際試合に出場しない意向を固めた。来年3月にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催されるが、メンバー入り要請を受けても辞退する。北京五輪日本代表に選出された上原は、登板は1次リーグ台湾、カナダ戦の2試合だけでキューバ、米国、韓国の強豪相手には登板機会がなかった。
米国に敗戦後、上原は「上位と力の差があった。レベルを上げていかないと」と話した。日本のレベル向上のため出した答えが、自らの代表引退だった。
投手10人の中で、33歳は川上、岩瀬と並び最年長だった。先発したダルビッシュ、涌井は22歳で成瀬は10月に23歳。最年少の田中は19歳だった。「若い選手が1人でも多く、国際試合を多く経験し、財産にしていった方が今後の野球界にとっていい」。一回り近く年齢が離れた選手がチームの中心になりつつある現状を踏まえ決断した。
シーズン序盤は不調が続いたが星野監督がこだわり、メンバーに入った。昨年12月のアジア最終予選に続き、投手陣の主将、抑えのポジションを命じられた。岩瀬、藤川という球界を代表する抑え投手のいる中、今季巨人で1度も経験していない場所を、与えられた。「シーズンと五輪は完全に切り離して考えた。選んでいただいた以上、感謝してやるしかなかった」と心境を語った。若い選手が多い上、合宿などチームとして過ごす時間も少ない。10人を束ねることに苦労した。
自分がそうだったように、同じ価値観を持つ同年代の選手で日の丸を背負うことが最善、との判断が背景にあった。「日の丸の重みは個々によって違い、世代間での違いもあると思う。でも結果がすべて。勝てばすべて報われる」と話していた。だが結局登板は2試合。好調のまま、出番なく最後の国際大会を終えた。
上原は「海外の球場はマウンドが固く、自分の投球フォームに合っていた。場所、環境が変わっても、マウンドの固さは変わらなかった」と話した。国際試合の通算成績は登板25試合で12勝2セーブ。無敗のままで代表を退く。
[2008年8月24日8時27分 紙面から]
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