このページの先頭




コラム


女優武藤美幸 日中の架け橋になる

2008年8月13日

 北京に住み、中国の人気ドラマで活躍している日本人女優がいた。武藤美幸(29)。日本で女優をしていた6年前、旅行先の北京で偶然、有名監督と知り合い、一気に中国の超人気ドラマ出演が決定。中国語もできないまま、中国ドラマの世界に単身飛び込み、準主役を演じきった。ついには半年分の生活費だけを手に、北京に引っ越した。北京の古い街並み、北京人の温かさを愛する武藤。中国人には本当の「日本」を、日本人には生の「中国」を伝え、日中友好の架け橋になれればという夢がある。

半年分の貯金

 北京中心部の「故宮博物院」から北に約2キロ。「胡同(フートン)」と呼ばれる、昔ながらの古い路地が残っているエリアがある。武藤はそんな街並みを歩きながら、ホッとしたような笑顔をみせた。
 武藤 胡同の古い街並みが大好きなんです。なぜ北京が好きかというと、古いもの、歴史あるものが多く残っている街だから。歴史的な建物を見ると、気持ちが落ち着くんです。
 4年前から北京に移り住み、数々の中国ドラマで活躍している。知名度は必ずしも高くなかった日本の女優時代の02年、たまたま旅行していた北京で人生の転機となる「運命の日」が訪れた。国営テレビ局「中央電視台」のドラマ「記憶的証明」(04年放送)の日本人役を探していた中国ドラマ界の大物女性監督、楊陽氏と知人を通じて出会い、即出演が決まった。準主役として日中戦争時の日本人女医役を好演。中国では大ヒットとなる「視聴率約10%」を記録した。
 武藤 旅行で初めて北京を訪れた時、ゆったりした時間の流れと、人が生活を楽しんでいる感じにひかれた。そんな旅行中、知人を通じて、楊陽監督とたまたま会うことができたんです。監督から「あなたに合う役がある」と言われて「記憶的証明」のストーリーを聞いて感動し、泣いてしまった。「是非やってみたいです」というと、「1週間後に北京で撮影だ」と言われて(笑い)。日本に帰った後、中国語もできないまま1週間後に再び北京に行き、そのまま2カ月間のロケ。あの時監督に会わなければ今の私はなかった。まさに運命の日です。
 ロケ後、いったん日本に戻ったが、中国に住みたいという気持ちが高まった。
 武藤 中国は、私にもチャンスを与えてくれる場所かもしれない…と思ったんです。それで04年、半年だけ生活できる貯金を抱えて「あとはどうなるか分からない」と、北京に住み始めました。初めての独り暮らしが中国でした(笑い)

街が変わった

 2カ月後、早くもドラマロケが決定すると、その後は多くのドラマに出演。もう半年で帰る必要はなくなった。今も住所は北京だ。
 武藤 北京の街はすごく変わりました。まずお手洗いが昔に比べたら本当にきれいになった(笑い)。カフェも増えたし、洋服も、今はデパートに行けば、買いたいと思う服がある。
 もちろん、五輪の熱気も味わっている。7日と10日には、天津でサッカーの日本戦を観戦した。でもちょっと複雑な気分だ。
 武藤 サッカーの試合では、日本が失敗すると中国人はワーッとわくから、私でさえ悲しくなる。中国人と日本人は感情表現の仕方が違う。中国人は怒りたかったら怒るし、泣きたかったら泣く。でも「人間と人間」で接すればいい人が多い。特に北京の人は温かく、面倒見がいいんです。民間レベルでは日本人と中国人は本当に仲良くなれる。私自身も女優をすることで多くの中国人に会い、「日本」を知ってもらえればと思って活動しています。

まだ帰れない

 現在撮影中の、来年放送予定のドラマ「天地民心」では初めて時代劇に挑戦。活躍の幅を広げている。
 武藤 将来は中国映画に出演したいし、チャンスがあれば日本の映画やドラマにも出たいです。中国に来てからはニュースで伝えきれない「中国」を日本に伝える仕事がしたいって、強く思うようになりました。
 将来も北京に住み続けるのか、日本に帰るのか…。
 武藤 それは自分でも本当に分からないんですね。こういう職業はチャンスと運で変わってしまうので。北京に来て2年すぎたころ、ずっと仕事がない時期など「このまま中国にいてもいいのかな」ってすごく悩んでつらかった時期もあった。でも、中国に来たからには、何か自分で納得いくものを得てからじゃないと日本には帰れないなって。それは今でも探し中です。どうなるか分からないから不安もある。でも、それがちょっと楽しかったりするんです(笑い)。

 ◆武藤美幸(むとう・みゆき)1979年(昭和54年)2月5日、東京都生まれ。駒沢大文学部英米文学科卒。日本では01年、映画「時の香り~リメンバー・ミー~」で映画デビュー。04年から北京在住。同年放送の中央電視台のドラマ「記憶的証明」で準主役。以降「張伯苓」「鉄道遊撃隊」「大舞台」など数々の人気中国ドラマに出演。来年放送予定の同局ドラマ「天地民心」(楊陽監督)では清朝の皇后「東太后」役を演じる。特技・中国語、ピアノ。身長162センチ。

%E5%BA%83%E9%83%A8%EF%BC%91.jpg
胡同が多い街並みの中に建つ古い建造物の中で、安らいだ笑顔をみせる武藤美幸

広部玄(ひろべ・げん)

 1970年生まれ。早大政経学部卒。編集局整理部などを経て、95年から文化社会部で社会、芸能など担当。裏社会ネタ、異常性犯罪、オウム関連、ライブドア・株関連、アイドル関連、格闘技マニアック情報などがやや得意。01年からの連載「広部が行く」はまったく惜しまれることなく03年ごろ自然消滅。それ以外のこれまでの連載は「広部玄の株やっちゃうぞ」「広部玄のイケイケ(アテネ五輪)」「ニッポン珍事情(←記憶している国民は推定3人以下)」「広部玄の先モノ買い」(←同推定2人以下)「見た・聞いた・思った」(←約半年で事実上解任)「広部玄の勝手にアイドルカウンセリング」(←最近著しく頻度が落ちている)などがあったが、あとは忘却。07年の小島よしお肯定派。




ここからフッターエリア


nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
(C)2017,Nikkan Sports News.