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コラム


「直訴村」が消された…当局が徹底弾圧

2008年8月18日

 地方役人の不正などを中央に陳情するために上京した人々が一時1万人以上集まっていたエリア、通称「直訴村」が、五輪直前までに中国当局によって「消滅」させられていた。

 1日1000人規模で拘束された時期もあるなど、まさに“徹底弾圧”が行われたという。陳情者が宿泊していた簡易宿舎も次々閉鎖され現在、周囲は一面の「工事現場」。公安車両も目を光らせていた。「開かれた五輪」をアピールする中国だが、その陰では“危険分子”の容赦ない排除も行っていたようだ。

北京南駅近く

 通称「直訴村」は北京南駅近くの一帯にあった。行ってみると、そのエリアの一角は多くの建物が取り壊され、がれきの山だらけ。工事中を示すフェンスに覆われていた。フェンスには、汚い景観を覆い隠すように、美しい山や花の写真がプリントされた垂れ幕が広範囲にわたってかけられていた。新北京南駅建設工事が表向きの理由だが、土ぼこりが舞い、少し異様な雰囲気だ。

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「直訴村」があった周辺エリアは五輪開会式約1週間前まではまだ、がれきの山がむき出しになっていた

 周辺に、かつて多数いたという「直訴者」の姿は見当たらなかった。地元の中年男性は「最近までこの付近一帯には、各地から上京してきた1万人くらいの直訴者がいて、簡易旅館などに寝泊まりしつつ陳情活動をしていた。しかし五輪が始まる直前の7月下旬までに、各地方の公安がここに来て彼らを次々拘束。それぞれの地元に強制的に送り返してしまったんだ」と耳打ちした。

安宿解体され

 一帯には各地の公安車両が駐車したり、パトロールし、物々しい雰囲気も漂う。老朽化した建物が目立つ付近の薄暗い路地などには、直訴者が利用していた小さな簡易宿舎や旅館があったが、それらも多くが閉鎖。玄関に「当面営業中止」の張り紙が残されていた宿舎もあった。別の地元女性も「もうこのあたりには直訴者はいないよ。すぐ公安が拘束してしまうから。橋の下や少し離れた平屋に逃げていた時期もあったけど、今もいるかどうか…」とこぼした。

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フェンスには花の写真の垂れ幕がかけられ中が見えないようになっていた

 直訴村とは、地方役人の腐敗やわいろ、問題行動などに強い怒りを持ち、中央政府に陳情するために上京してきた人たちが自然に集まったエリア。役人の不正で生活がおかしくなった人も多い。人数は5~6年前から目立ち始め、一時期は1万人以上がいた。近くに最高人民法院(最高裁判所)や国務院の陳情窓口があることから、自然に形成されたという。

 しかし、五輪を前にして、当局が直訴村の“解体”に動いた。1年前の昨夏ごろから、当局による撤去作業が本格化。直訴者が泊まっていた安宿などが次々解体された。今年7月に入ると摘発がさらに加速。各地から来た公安が、上京した直訴者を片っ端から次々拘束。多い日は1日1000人規模で連行し、地元に送還した。五輪開会以降は事実上、直訴村は「消滅」させられた格好となった。

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付近には複数の公安車両が駐車

 中国当局が、五輪期間中の「不満分子」による抗議行動などを事前に防ぐ目的を持っていたためとみられ、近くの商店店員は、直訴村消滅について「五輪期間中、直訴者の存在や抗議行動などが海外に報じられるのを阻止するためでは」。

周囲も口堅く

 付近には、陳情用の訴状作成業者などもいたが、そうした業者関係者に、直訴村消滅について聞くと、公安を警戒してか、いずれも「知らない」と口がかたい。直訴村エリアの路上には、多数の「治安志願者」と書かれた腕章を巻いたボランティアが座っていた。「不審者がいれば、彼らを通じて公安にすぐ情報が流れる。それをみな恐れているのでは」(地元住民)。五輪後、この地に再び直訴者が集まることはあるのか。

公認所デモなし

 北京五輪組織委員会は7月、事前申請すれば五輪期間中に「集会」「デモ」が認められる場所として、北京市内の「紫竹院公園」など公園3カ所を指定した。不満を持つ人が集まっていた「直訴村」などを解体する一方で、こうした不満者の「爆発」を防いだり、抗議実態を把握しようとする意図があるとみられる。しかし、これまで3カ所で集会やデモはほとんど実施されていないとみられ、集会やデモの実施申請の受理手続きの実態は不透明な状況のようだ。

広部玄(ひろべ・げん)

 1970年生まれ。早大政経学部卒。編集局整理部などを経て、95年から文化社会部で社会、芸能など担当。裏社会ネタ、異常性犯罪、オウム関連、ライブドア・株関連、アイドル関連、格闘技マニアック情報などがやや得意。01年からの連載「広部が行く」はまったく惜しまれることなく03年ごろ自然消滅。それ以外のこれまでの連載は「広部玄の株やっちゃうぞ」「広部玄のイケイケ(アテネ五輪)」「ニッポン珍事情(←記憶している国民は推定3人以下)」「広部玄の先モノ買い」(←同推定2人以下)「見た・聞いた・思った」(←約半年で事実上解任)「広部玄の勝手にアイドルカウンセリング」(←最近著しく頻度が落ちている)などがあったが、あとは忘却。07年の小島よしお肯定派。




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