亡き父の魂と跳んだ
2008年8月17日
トランポリン 上山容弘(23)
北京に旅立つ数日前、大阪・泉佐野にある父の墓前に手を合わせた。「精いっぱい、自分の演技をしてくるから」。そう誓って初の五輪に臨んだトランポリン代表の上山容弘(23=インテリジェンス)は、予選9位に終わった。決勝進出ラインの8位にわずか0・5点及ばなかった。「情けない。重圧で縮こまったかもしれない」。唇をかみしめ、力なく語った。
昨年2月に発症した左肩痛を乗り越え、ようやく五輪代表権を手にした直後の同11月14日。日本協会の元競技部長の父剛(たけし)さんが56歳の若さで、胆管細胞がんにより他界した。父としても、コーチとしてもなくてはならない存在を失った上山は「練習方法に迷っていた」と打ち明けた。
失意から、学生時代から毎日続けるビデオでの自己分析を今年初めから休むようになった。昨季W杯で8戦中5勝したが、父が不在だった今季はここまで未勝利。マットの中心に着地を続ける持ち味の安定感が、影をひそめていた。
再び北京への気持ちを奮い立たせることができたのは、厳しかった父の、優しいひと言だった。「過ぎたことは仕方ない。頑張ろう」。前回アテネの出場権を逃し、悔しさに震える上山の肩にそっと手を置き、投げかけてくれた。今も胸に重く響いている。
世界ランク1位という肩書から、周囲に好成績を期待された。だが上山は決して本調子でないと自覚していたのだろう。五輪前から「メダル」の3文字を封印した。「目標は納得できる演技をすること」。結果は無念の予選落ち。絶頂期の輝きは戻らなかった。それでも、父の魂とともに、全力で北京の空を跳んだ。父との約束は果たせた。「父には、自分の演技はしたと報告します」。そういうと、こらえていた涙が一気にあふれ出した。
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- 男子個人予選を終え頭を抱える上山(共同)



