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コラム


「あと4年、別居して」

2008年8月19日

トライアスロン 庭田清美(37)

 「ねえ、ロンドンまでやっていい?」。37歳の庭田は「お疲れさん」とねぎらった夫和之さん(43)に、4年間の“別居延長”をおねだりした。3度目の五輪は自己最高の9位。ゴール直後は酸欠状態に陥って担架で医務室に運ばれたが、約20分後にはどこ吹く風。心配で駆けつけた家族に向かって「不惑」での五輪挑戦を宣言した。

 夫は千葉・幕張市で会社に勤め、妻は本場オーストラリアのゴールドコーストで練習に励む。そんな別居生活を00年シドニー五輪後から8年間も続けてきた。「1年で会えるのは何日?」と聞かれると「本当のことを言うと驚かれちゃうから『時々』ということで」と笑ってごまかし「お互い気が強いから、ずっと一緒にいるとケンカになる。離れていた方が仲がいい」と付け加えた。

 五輪は00、04年とも14位。3度目の舞台にこぎつけるのは、決して楽ではなかった。昨年9月から体調不良に襲われ、走れない日々が半年以上も続いた。「焦った。周りにも『庭田はもうダメだ』と思われたはず」。だが、五輪代表のかかる5月のアジア選手権を前に、奇跡的な回復を見せて2位。北京への道を切り開いた。それだけに、自己最高位更新を「幸せです」と言って、泣いた。

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9位でゴールした庭田は係員に抱えられて引き揚げる(撮影・蔦林史峰)

 ロンドン五輪は41歳で迎える。年齢的なピークはとっくにすぎているが、心は燃え尽きていない。「年々レベルアップしている。まだできる。私の人生はトライアスロンしかないから、自分で『もういいわ』と言えるまでやりたい」。

 現役続行の申し出を受けて、和之さんは苦笑いで「また後で考える」と言葉を濁した。対する庭田は「2人でゆっくりするのは、引退してからでいい」とキッパリ言い切った。夫のささやかな抵抗も、妻の尽きない情熱には勝ち目がなさそうだ。【太田尚樹】

庭田清美(にわた・きよみ)

 1970年(昭45)12月10日、茨城・牛久市生まれ。95年の結婚後に24歳で本格的に競技を始める。97年W杯蒲郡大会で2位になり、日本人で初めてW杯の表彰台に上がる。166センチ、52キロ。




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