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コラム


個人競技とチーム力

2008年8月11日

 柔道の内柴が金メダルを獲得した。前日に谷が金メダルを逃し、平岡も初戦で敗退。この日以降に影響してもおかしくない結果で、内柴への重圧も相当だったはずだ。それを見事にはねのけた。セコンドの山本コーチの喜びと吉村チームリーダーの「1つ取ると落ち着くわ」という発言が、印象的だった。

 柔道や競泳は個人競技。「ほかの選手の成績は関係ないのでは」と思われがちだが、とんでもない。96年アトランタ大会で惨敗した競泳陣は、敗因に「チーム内がバラバラだった」ことをあげた。チームのムードが悪いと、個々の力が発揮できない。チームワークで個の力以上の結果が出ることもあるが、逆もある。だから「チーム」なのだ。

 五輪という特別な場、プレッシャーは普通の大会と比べものにならない。その上「勝たなければ」という重圧…。特に、柔道は常に金が期待される。過去3大会は男子の野村や女子の谷が初日から金メダルを獲得したから良かったが、今回はズルズル負け続ける可能性だってあった。

 88年ソウル大会は初日に細川伸二が連覇に失敗。山本洋祐や岡田弘隆ら世界王者が次々と五輪の魔物にのまれた。信じられない「負の連鎖」だった。最終日の95キロ超級でようやく1個目の金メダルに輝いた斉藤仁は、涙で「すごいプレッシャーだった」と言った。20年前を知る斉藤監督、山本、岡田コーチだけに、内柴の「1個目の金」に感謝したに違いない。

 「家族のために」というぶれのない真摯(しんし)な思いで獲得した金メダル。「日本のため」「日本柔道のため」という思いが内柴に強すぎたら、足もとをすくわれていたかもしれない。わずかな気持ちの揺れで結果が変わるほど、五輪という大舞台の勝敗は微妙だ。これで、続く選手に余計な重圧はないはず。自分の力を精いっぱい出して欲しいと思う。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)

 1960年(昭和35年)東京都生まれ。84年に入社、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当し、96年からデスク。出版社を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。




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