このページの先頭




コラム


自由形強化へ価値ある奥村7位

2008年8月13日

 奥村の言葉は、かっこよかった。「日本で自由形をやっている人に、やればできることを見せられたと思う」。男子200メートル自由形決勝、フェルプスからは大きく遅れた。連日の日本新はならなかった。それでも表情は明るかった。「お荷物」と言われ続けた日本の自由形短距離で、価値のある世界の7位だった。

 「自由形」。ルール上はどんな泳ぎ方でもいい(実際にはクロールだが)。つまり、一切制限なしで「一番泳ぎの速い選手」を決める種目だ。陸上の短距離走と同じように、本当の1番が決まる。そこにこだわり続けた。ロマンを求めた。「誇りを持っています」と言って胸を張った。

 世界には遠い。日本の自由形が五輪で活躍したのは半世紀以上も前。最近の五輪では「メドレーリレー要員」が精いっぱいだった。決勝で世界を相手に泳ぐのは、平泳ぎや背泳ぎなど特殊種目の選手。アテネでは森田、北島、山本のメダリストトリオとともに3位になったが「取らせてもらったメダル」と自嘲(じちょう)気味。それが自由形の現実だった。

 五輪選考会を兼ねた日本選手権の後、意地の悪い質問をしてみた。「世界を狙うなら自由形じゃない方が良かったんじゃない?」。奥村の温和な表情が、一瞬厳しくなった。「自由形がいい。自由形で頑張りたいんです」。強烈なこだわりが、その泳ぎを支える。

 かつて、鈴木大地の活躍で背泳ぎを目指す子供が増えた。今は北島康介の影響で多くの子供が平泳ぎ選手になりたがる。あるスイミングスクールのコーチは「自由形をやりたがる子がいないんですよ」と嘆いた。そんな現実があるから、奥村も「自由形を目指す子供が増えれば」と言うのだ。

 32年ぶりに出場した800メートルリレーでも、決勝に進んだ。日本の自由形の歴史を変える快挙。もう「日本の弱点」などと評する者もいなくなるはず。「取らせてもらった」のではないメダルを、堂々と胸を張って全力で狙って欲しい。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)

 1960年(昭和35年)東京都生まれ。84年に入社、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当し、96年からデスク。出版社を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。




ここからフッターエリア


nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
(C)2018,Nikkan Sports News.