このページの先頭




コラム


水泳ニッポン支える一貫教育のSC

2008年8月15日

 世界記録でないことが物足りなく思うほど、北島の強さは圧倒的だった。「世界新で金メダル」という公約を果たせず、本人も不満そうだった。しかし、2冠は色あせない。決勝の8人中、100メートル決勝に出たのは北島を含め3人だけ。過去2冠達成者もアテネの北島が2人目だから、連続2冠の価値が分かる。

 指導するのは、北島が子供のころから通う東京スイミングセンターの平井伯昌コーチ。中学2年から本格的にコンビを組んで12年だ。長い付き合いで、お互いのことを信頼し、理解しているからこそ、アテネ大会後の「いろいろあった」(北島)時期を、ともに乗り越えて来られたのだろう。

 男子200メートルバタフライ銅の松田は、20年間も久世コーチから指導を受けている。泳ぎ始めてから、ずっと同じ。水泳ニッポンを支えるスイミングクラブ(SC)ならではだ。学校の部活動なら中学、高校、大学と進むにつれて指導者も変わる。しかし、SCなら学校に関係なく、同じ指導者から一貫して指導を受けられる。受験のために強化が止まることもない。

 スポーツの世界では、以前から一貫指導の重要性が叫ばれてきた。クラブが基本の欧州ならいいが、学校で教師から教わる日本では難しい。サッカーがJリーグを立ち上げ、クラブでのユース強化を目指すのは学校体育からクラブスポーツへの変革のため。しかし、競泳では早くからSCによって強化が行われてきた。

 日本最古と言われる山田SCが誕生したのは65年。一貫指導での英才教育を徹底して成果があがると、各地にSCができた。バブル崩壊で苦しい経営が続いた時期もあったが、近年のフィットネスブームで持ち直してきた。日本競泳の活躍と無関係ではない。
 平井コーチは「子供のころは指導者として、20歳を過ぎたら対等の立場のパートナーとして選手と接する」と話す。選手との関係を修正しながら一緒に成長できるのも、長く指導しているから。北島は、SCという一貫指導のシステムが生み出した宝でもある。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)

 1960年(昭和35年)東京都生まれ。84年に入社、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当し、96年からデスク。出版社を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。




ここからフッターエリア


nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
(C)2018,Nikkan Sports News.