柔道は「親元」日本を離れた
2008年8月16日
最終日の石井で、今大会男子の金メダルは2個。最重量級の斉藤仁(現監督)の1個だけだった88年ソウル大会を何とか上回ったが、過去最低のメダル数に終わったのは事実だ。
12年ロンドン大会に向けて、斉藤監督は「スタイルを変えることが必要かもしれない」とまで言った。組み手にこだわり、1本勝ちにこだわってきた日本古来の「柔道」は、世界基準の「JUDO」に変わりつつある。確かに対応は必要だが、それは20年前から言われ続けてきたこと。「今さら」という感じもある。
「日本の柔道」という言葉にも、抵抗がある。意地悪な見方だが「おごり」も感じる。発祥国として日本が世界柔道の中心にいるという考え方が、すでに現実と離れている。今や、国際柔道連盟(IJF)の中でも、日本は「その他の国」の1つになったのだ。
51年に創立したIJFは昨年、ブラジルでの総会で欧州中心の改革を進めるオーストラリア人のビゼール会長を選出した。同時に唯一の日本人理事だった山下泰裕氏が落選した。世界の柔道のすべてを決める理事会で、議決権のある日本人が1人もいなくなった。いくら日本人が声を大にして「正しい柔道は…」と言ってみても、聞く者はない。
世界柔道の流れからも、置いていかれる可能性がある。世界の流れは「1本を取る柔道」にあると言われ、日本の方針と同じに聞こえるが、IJFの方向性はテレビ電波に乗りやすく、興行的にも成り立つ「派手な柔道」だと思う。日本との間には温度差を感じる。
世界の柔道がどこを目指し、どこに行こうとしているのか。まずは、それをしっかり把握することだ。日本が頑張っても、IJFがルール変更をすれば意味がない。「柔道は親元を離れて独立した」。再びメダル量産を狙うならば、日本がそんな気持ちを持つことが第1歩だと思う。



