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コラム


「金取らなきゃ…」故八田氏の声聞こえる

2008年8月20日

 伝統の力とは、こういうものか。レスリングが、またメダルを獲得した。正直言って、今回は難しいと思っていた。女子のメダルラッシュは予想できても、男子のメダルは見えてこなかった。それが、銀と銅と2個のメダル。20年ぶりの金はならなかったが、歴史を守ったのは素晴らしい。

 選手は安堵(あんど)しただろう。グレコが全滅し、フリーの選手は強烈なプレッシャーを感じていたはずだ。レスリング界は変わっていて、コーチや協会の首脳陣が意図的にプレッシャーをかける。緊張する選手を気遣って「負けてもいい」などとは言わない。「メダルを取れ」「絶対に勝て」「日本レスリングの伝統を守れ」と、冷や冷やするような言葉がかかることもある。

 伝統的に流れるのは「八田イズム」だ。日本協会の会長を37年間も務めた故八田一郎氏の教え。情けない試合をした選手には、髪の毛どころか下の毛までそる厳罰を与えた。ライオンとにらめっこさせ、「夢の中でも勝て」と説いた。そのカリスマ的指導力が、レスリング王国をつくった。

 現代に根性主義は似合わないが、レスリング界にはそれが生きている。日本チームの富山監督は「根性練習も必要」と断言する。一方で、20年以上前からプロとアマのオープン化を進めた。昨年は山本キッドを大会に出場させるなど、話題づくりも欠かさない。今年4月にスタートしたJOCエリートアカデミーの1期生は、卓球とレスリング。将来の金メダル候補育成にも積極的に取り組む。

 単に「伝統があるから勝てる」わけではない。伝統の上にあぐらをかき、何もしなければ衰退する。伝統を守りつつ、努力を重ねていくから進化がある。協会やコーチ陣の努力を見ているからこそ、選手は「勝たなければ」という使命感を持つし、ギリギリで伝統は守られる。しかし、あくまでも目標は世界一。「金メダル取らなきゃダメだ」。故八田氏の厳しい声が、聞こえるような気がする。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)

 1960年(昭和35年)東京都生まれ。84年に入社、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当し、96年からデスク。出版社を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。




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