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コラム


君臨米国から金奪った価値

2008年8月22日

 雨のシドニーで金メダルを逃してから8年、ソフトボールが頂点に立った。96年アトランタ大会で正式競技となって以来、常に金メダルを独占してきた米国。あらゆる意味でソフトボール界の王座に君臨してきた米国を破ったことは、金メダルをさらに輝かせる。

 ソフトボールは1887年、米国シカゴで発案された。今では米国で4000万人がプレーを楽しむと言われるほどの国民スポーツだ。当然、発祥国としてのプライドは高い。五輪連続金メダル、世界選手権6連覇。ビッグゲームでは20年間も負けを知らない。

 圧倒的な強さを支える秘密がある。国際ソフトボール連盟(ISF)があるのは、米フロリダ州。87年に就任したポーター会長をはじめ、主要なポストは米国人が占める。競技規則も、米国が有利になるように決められると言われてきた。

 この競技独特のページシステムも、米国発案とされる。1度敗れても、優勝できるシステム。選手層が厚く、実力的にも上位の米国なら、たとえ1回負けても逆転できる。実際に、シドニー五輪の米国はこれを活用。予選リーグで敗れたオーストラリア、日本を連破して金メダルを手にした。

 98年に静岡・富士宮で行われた世界選手権でも「事件」があった。オーストラリアとの決勝戦は大雨で中断したが、ISFは中止を決定せず。常識外れの午前0時28分に再開して、米国が優勝した。中止なら予選リーグの成績で米国の優勝がなくなるための「ごり押し」だったが、大会関係者は苦虫をかみつぶしたものだ。

 あらゆる点で米国が牛耳っていることが、ソフトボールが五輪競技を外れた一因だろう。ISFには128カ国が加盟しているが、米国中心は変わらない。もし、シドニーで日本が優勝していれば、ISFの指導的な立場に米国以外の人間がなっていれば、状況は変わっていたかもしれない。五輪復帰へ、米国から王座を奪った日本には、世界のソフトボール界を引っ張っていく責任もある。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)

 1960年(昭和35年)東京都生まれ。84年に入社、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当し、96年からデスク。出版社を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。




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