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コラム


継続性ない○○ジャパン

2008年8月23日

 星野ジャパンは金メダルを逃し、反町ジャパンは3戦全敗。植田ジャパンも、柳本ジャパンも、メダルには遠かった(すべての競技が分かれば、あなたも五輪通?)。今大会、やたらと目についた○○ジャパン。便利に使う我々マスコミにも責任はあるが、違和感を覚えるのは私だけだろうか。

 日本代表を「ジャパン」と呼ぶのは、ラグビーが初めらしい。最初は全日本だったサッカーは日本代表になり、95年に「加茂ジャパン」が誕生。その後、他の競技でもジャパンに監督名が冠されだした。共通するのは選手以上に監督が注目されること。もちろん、監督采配が大きいことは否めないが、主役は選手だ。さらに「ジャパン」の語感が軽い。やはり「日本」だ。「ジャパン」連呼で、選手の気持ちが強くなるのか。「日本代表」の響きは「日本を代表して戦う」強い気持ちにつながるはずだ。

 もっとも気になるのは、代表の継続性。監督が代わっても、チームのベースは変わらない。継続性があるから、成長もある。ソフトボール日本代表は、8年前の悔しさをバネに米国に雪辱した。しかし、星野ジャパンは過去の日本代表と決別したのだろう。韓国戦での数多くの屈辱を忘れたからこそ、黒星を喫した。

 海外では、チームの前に監督の名前を付けて呼ぶことは多くない。監督名ではなく、代表チームにニックネームがある国もある。監督が代わっても変わらない呼称があるから、ファンも感情移入しやすい。応援にも熱が入る。メダルは逃したが、女子サッカーは4強と健闘した。「佐々木ジャパン」でなくて「なでしこジャパン」だったからと言えば、言い過ぎだろうか。

 「すべてオレの責任」と星野監督は言った。潔いけれど、1人で責任をかぶって「星野ジャパン」解散では仕方がない。敗因を分析し、次につなげてこそ、未来がある。恒常的にないチームだからこそ、継続性が必要だと思う。次の五輪はないが、WBCで再び強い「日本代表」が見たい。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)

 1960年(昭和35年)東京都生まれ。84年に入社、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当し、96年からデスク。出版社を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。




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