このページの先頭




コラム


「引退」とは言えない理由

2008年8月25日

 祭りは終わった。メダルを手にした勝者に、逃した敗者。過去の海外での大会最多だった339人の日本選手の戦いも終わった。次は4年後。引退する者も、続ける者もいる。多くの選手にとって、五輪が1つの区切りの大会となる。

 メダル獲得後「これが最後」と、競技から離れることを口にした選手もいた。「これ以上続けられない」と話した選手もいた。しかし「引退」かというと、微妙に違う。「周囲と話し合って決めたい」「落ち着いてから、ゆっくりと考えたい」と歯切れが悪い。

 選手たちが「引退」を明言しないのには、理由がある。JOCには、五輪のメダルが期待される選手に対する「強化指定選手制度」がある。実績によってランクが違い、A指定を受ければ月額20万円の助成金が受け取れるなど多岐にわたるサポートが得られる。今大会前まで77人が指定されていたが、五輪の成績で指定の見直しがある。もちろん引退となれば指定は取り消し。助成金を受け取ることはできない。

 選手個人で決められない事情もある。競泳の北島らトップ選手のほとんどは事務所に所属し、契約するスポンサーも多い。「引退する」と言えば、周囲への影響も大きい。言葉は悪いが「北島選手で食べている人(北島選手の金メダル獲得をサポートした人でもあるが)」のことまで考えなければ、去就は決められない。

 かつては「アマチュアに引退はない」と言われた。今は純粋なアマチュア選手は少ないが、逆に「プロだから引退できない」ともいえる。今大会「周囲に感謝したい」という言葉をよく聞いた。家族であり、友であり、コーチであり、そして物資面でサポートしてくれた会社や競技団体、スポンサーでもある。去就をめぐって選手の事情も複雑だ。

 4年に1度の区切りの大会は終わったが、五輪はまだ続く。引退する選手の中には、次の代表選手を育てる指導者になる者もいるだろう。五輪のドラマには、まだまだ続きがある。

荻島弘一(おぎしま・ひろかず)

 1960年(昭和35年)東京都生まれ。84年に入社、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当し、96年からデスク。出版社を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。




ここからフッターエリア


nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
(C)2017,Nikkan Sports News.