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コラム


全力で五輪を支え、楽しむ天津の人々

2008年8月11日

 五輪が開幕した8日午後2時半ごろ、宿泊する天津市内のホテル玄関前で爆裂音が響き渡った。ロビーにいた私は「テロかっ」と柱の陰に身を潜めた。パンパンッという乾いた音と白煙が収まったのは5分後。居合わせた人々は耳に指を突っ込んでいるだけで、笑みを浮かべている。真っ赤なベンツのオープンカーを乗り付けた、若いカップルへの祝いの爆竹だった。

 ウワサに聞いていた五輪開幕日の駆け込み婚。でも夜になってさらに驚く現象が。開会式が始まる午後8時ごろ、ホテル前に約200人の群衆が現れた。男性の大半は上半身裸。お年寄りや子どもはうちわとベンチシートを手に、交差点脇の草むらに座り込んだ。視線の先はホテルの外壁に設置された大型モニター。日付が変わるまで、華やかな開会セレモニーを堪能していた。夕食をしようと市内をタクシーで走ると、なんと至る所で同じような状況。「今日の営業は昼で終わったよ」。ついに空腹を満たしてくれるレストランはなかった。

 天津は明の時代から海外に開かれた貿易港で「北京の玄関口」と呼ばれた。その歴史を象徴するかのように、北京五輪の幕開けを告げるサッカー競技の開催地となり、15日の女子準々決勝で役割を終える。大会を支える学生ボランティアは「早く競技が終わってしまう分、天津の人々は開催期間中に全力で五輪を支え、楽しみたいんだと思います」と言う。

 地元とゆかりのない7日の日本-米国戦にも3万7000人が駆けつけた。どちらか一方に肩入れせず「加油(頑張れ)」と両チームの選手へ声援を送った。ワンプレーに沸き、ラフプレーにブーイング。1000万都市の市民は純粋にスポーツの祭典を楽しんでいた。もう少し滞在したかったな。反町ジャパンとともに街に別れを告げ、11日に1次リーグ最終戦の開催地・瀋陽へ向かう。【山下健二郎】




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