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永井「銅」日本ケイリン初メダル/自転車

<北京五輪:自転車>◇16日◇男子ケイリン決勝

 日本で生まれたケイリンで、日本人が五輪初メダルを獲得した。永井清史(25=日本競輪選手会)が、ケイリン決勝で銅メダルを獲得した。1回戦で敗れて敗者復活戦に回ったが、3組1着で準決勝進出。2組2着で6人に残り、決勝では残り2周で先頭に立ち、日本伝統の「先行逃げ切り」スタイルで、粘りに粘って3位を死守した。00年シドニー大会で五輪に初採用された競輪を起源とするこの競技で、過去2大会は外国勢のパワーに屈したが、ついに本家がメダルをつかんだ。伏見俊昭(32)は敗退した。

 仕掛けたのは永井だった。全8周で争われる決勝。残り2周の手前で、最後方からスルスルと大外を通って先頭に立った。そこからは力の限り走り続けた。1人に抜かれ、2人目にもかわされた。だが、ここから踏ん張った。3位争いでわずか車輪半分ほど先着。3番手でゴールラインを駆け抜けた。「まだ信じられない。日本で生まれたケイリンだけど、挑戦者の立場で戦った。日本の競輪の『先行』をアピールしたかった」と興奮気味に話した。。

 1度は負けた。1回戦のコース取りで反則スレスレの行為をされて3組3位。上位2人が自動的に進出できる準決勝に、敗者復活戦を経由することになった。決勝まで1レース多くなった。「疲れがないと言ったらうそになるけど、そのためにきつい練習をしてきたので。1回戦の悔しさをぶつけたかった」。意地で準決勝に進んだ。

 運も味方した。上位3人が勝ち抜く準決勝は、最終2組目で出場し、途中、2台がもつれて転倒。4台に減って仕切り直しとなり、2位で突破した。それでも「先行の気持ちは忘れなかった」。周囲の様子をうかがうことなく、攻めた。

 五輪を目指したのは、アテネ五輪前から。競輪選手にとって五輪を目指すということは、プロとして出場レースを自制することになる。収入が激減する。しかも自転車競技のトラック種目は欧州勢が強く、なかなか結果がでない。それでも今回もまた五輪にこだわったのは、4年前の屈辱を晴らすためだった。

 04年5月の世界選手権チームスプリントで、日本のアテネ五輪出場権に尽力した。だが本番直前で代表メンバーから漏れた。結局、永井が抜けたチームスプリントは、同五輪で銀メダルを獲得。だからこそこの日は日本伝統の走りを見せながらも「自分のプライドのために戦った」と意地の走りを見せつけた。

 この種目のプロ、アマともに第一人者の伏見から、レース後に「おめでとう。前回の悔しさを晴らせたな」と声をかけられ、こみ上げるものがあった。「明日、あさってと日がたつにつれて、実感がわいてくると思う」。永井が追い求め続けたメダルは、同時に日本に新たな歴史をつくった。【高田文太】

 [2008年8月17日9時18分 紙面から]


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