日本逆転銀、最終鉄棒で米抜いた/体操

- 優勝の中国チームをちらりと見る日本チーム(撮影・蔦林史峰)
<北京五輪:体操>◇12日◇男子団体総合決勝
体操ニッポンが銀メダルを死守した。第4種目の跳馬でミスが続き、3位で迎えた最終種目の鉄棒で、2位米国との1・7点差を逆転。中国に完敗を喫して連覇こそ逃したが、アテネ五輪からのエース冨田洋之(27=セントラルスポーツ)を中心に、前回王者の威厳は保った。12年ロンドン五輪での団体総合金メダル奪回は、内村航平(19)ら次世代に託された。14日には個人総合決勝が行われる。
連覇の架け橋はつながらなくても、冨田は胸を張った。最終種目鉄棒のラストは、4年前と同じ「伸身の新月面」。着地の衝撃をしっかり受け止め、両手を横へ広げた。米国を逆転しての銀メダル。中国との圧倒的な差は埋まらなかったが、視線は落とさなかった。
「負けて銀メダルではなく、銀メダルを勝ち取ったととらえている。力を合わせて精いっぱいやった。誇っていいと思う」。
銀メダルも危なかった。最初の床運動こそ中国をリードしたが、続くあん馬とつり輪の苦手2種目で逆に突き放され、跳馬は鹿島と坂本がミスを連発。残り2種目で米国と3・375点差の3位に落ち、具志堅監督も「どうなってしまうのか」と頭を抱えた。
ピンチにエースが奮い立った。平行棒で16点台の高得点をマークし、2位まで1・7点差で迎えた鉄棒。あん馬を演技中の米国が1番手で落下寸前のミスを犯したが、見向きもしない。「自分の演技をすれば(米国を)超えられると信じていた」。F難度の手放し技コールマンをはじめ、4年前のアテネを思い出させる美しさだった。
主将の役目をまっとうした。言動は寡黙でクールだが、実は細やかな気配りもできる男だ。昨年9月、世界選手権で団体総合銀メダルを獲得して帰国した翌日。大会直前に左手甲を骨折して離脱した鹿島の見舞いに訪れた。「ごめん」と謝った戦友のうつろな瞳に、異変を感じ取った冨田は「あまり気にしなくていいから」と慰めの言葉をかけたという。この時、友の脳裏には引退の2文字がよぎっていた。鹿島は「技のアドバイスとか、ボソッと話す言葉が的確なんです」。口数は少なくても“金言”でチームを鼓舞してきた。
12年ロンドンでの王座奪回は、次世代の新星に引き継がれる。最年少の内村は「4年後にチームで金メダルを取れればいい」と未来を見つめた。「好きなものしか食べない」という偏食家で、9日夜の予選では朝食にチョコプリン1個を口にしただけで臨んだ破天荒な19歳。この日は嫌なムードを断ち切った。1、2番手とミスが続いた跳馬で最後に登場して、完ぺきな着地を決めた。技のデキを示すB得点(10点満点)で9・5点台のハイスコアをたたき出し、流れを変えた。
内村と冨田はともに14日の個人総合決勝に挑む。05年世界選手権金メダルに続き、日本人初となる個人総合2冠がかかる冨田は「五輪の舞台に立てる幸せをかみしめながら演技したい」。現在と未来のエース2人が、今度こそ打倒中国を実現する。【太田尚樹】
[2008年8月13日8時51分 紙面から]
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