亮子ママで金ならず無念の銅/柔道

- 女子48キロ級準決勝でドゥミトル(左)に敗れた谷(撮影・黒川智章)
<北京五輪:柔道>◇9日◇女子48キロ級
ママでは銅だった。柔道女子48キロ級の谷亮子(32=トヨタ自動車)は銅メダルに終わった。準決勝でドゥミトル(ルーマニア)に微妙な判定で敗れ、五輪3連覇を逃した。3位決定戦でボグダノワ(ロシア)に1本勝ちして、92年バルセロナ大会以来5大会連続でメダルを獲得したが、五輪で初めて決勝進出を逃し、会場で観戦した長男佳亮ちゃん(2)に金メダルを見せることはできなかった。引退について明言を避け、今後しばらくは「主婦をしたい」と発言。当面は休養して去就を決める。
準決勝の試合終了を告げるブザーが鳴ると、谷は唇をかんでうつむいた。五輪で初めて決勝進出を逃し、3連覇の夢が消えた。応援席の佳亮ちゃんに金メダルを届けることもできなくなった。試合後は失意を押し殺すように気丈に振る舞った。「全力を出した結果。結果を受け止めたい」。目には涙がにじんでいた。
普段の勝負強い谷ではなかった。準決勝のドゥミトル戦は序盤から慎重な戦いに終始。お互い組み合わない展開で、指導を2つずつ受けて訪れた残り30秒、今度は谷だけに指導がついた。この微妙な判定が勝負を分けた。「審判の先生が判断なさったので自分ではどうしようもない」と谷は言い訳はしなかった。
ライバルの惨敗に強靱(きょうじん)な心が揺れた。1回戦のマツモト戦の直前、眼前でアテネ五輪で決勝を戦ったジョシネ(フランス)が1本負けした。全柔連の吉村強化委員長は「負けたのを見て安全策を取ろうとしたんだろう。より慎重になった」。万全の体調で臨んだ大会だったが、男子代表の斉藤監督が「谷は過去の五輪で一番緊張している」と指摘するほど動きが硬くなった。
アテネ五輪から4年。「ママでも金」を公言して、険しい道のりを歩んできた。妊娠と出産による約2年のブランクの影響で、下半身の筋力の衰えは著しかった。当時48キロ級の中村美里が頭角を現すと、弱音を吐かない谷が「中村さんがいるので五輪に出られるか分かりませんよ」と周囲に漏らしたこともあった。
それでも心だけは折れなかった。授乳しながら練習を積み、07年世界選手権で復活優勝。「チームYAWARA」の独自メニューで、吉村委員長が「体はアテネよりパンパンに張っている」と評価する体をつくり上げてみせた。「母として五輪に出られるとは思わなかった。家族のサポートがなければ挑戦できなかった」と本人も驚いていた。
3位決定戦はそんな家族への感謝の気持ちが背中を押した。失意のどん底の中での試合。「気持ちの整理というよりも、メダル獲得への気持ちだけを持って臨みました」。ボグダノワに2分27秒、払い腰で1本勝ち。史上4人目の5大会連続メダルを獲得。女王として、母親として、最後に意地を見せた。
今後の去就については言葉を濁した。「そればかりは1人の気持ちでは決められない。周りと相談しながらですね。(今は)主婦をしたいです」。当面は妻として、母として、サポートしてくれた夫のバックアップに専念する。心身を充電した後に、次へのステップを決断する。【菅家大輔】
[2008年8月10日9時11分 紙面から]
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