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青空の見えない開会式

2008年8月10日

 延々4時間にわたる北京五輪の開会式から何が見えたのであろうか? 開会式の演出はスティーブン・スピルバーグ氏がダルフール問題に関して抗議の辞退をしたことで、張芸謀(チャン・イーモウ)監督がその大任を果たした。張芸謀監督は延々と中国の歴史と過去の文化をマスゲームで演出した。エキゾチシズムを満足させるという点では欧米人には、まだ目新しく魅力的に感じられたかもしれない。だが、どう見ても世界へ向けて発信されたものでなく、中国国内へ向けられた演出だったように感じられた。外の世界でなく、あくまでも内向きな開会式だったのではないだろうか。しかも、中国の歴史を良く知る日本人から見れば、何とも違和感を覚えるものであった。

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 開会式の冒頭で論語の一説が唱えられた。また、「鳥の巣」の電光掲示板には「有朋自遠方来 不亦楽乎(ともあり、遠方より来る また 楽しからずや)」という一節が表示された。しかし、孔子を含め開会式で披露された古代中国の文化は、すでに破壊し尽くされているのだ。王朝が変わるたびに前王朝の文化を破壊し、捨て去ってきたのがむしろ中国の歴史である。文化大革命で批林批孔運動が展開されたのは、わずか40年ほど前のことである。

 中国にとって五輪開催は100年の夢だったという。にもかかわらず、なぜか開会式の中国の歴史を再現する場面では、清の時代の頃からいきなり現代に飛んでしまった。中華人民共和国の成立が1949年、その前後50年ほどがスッポリと抜け落ちていることの不自然さには思わず苦笑させられた。103年前に日清戦争で清王朝は日本に敗れた。その清王朝を打倒するための辛亥革命と指導者の孫文を必死に支援したのは日本だったのは言うまでもない。孫文の中華民国は今、台湾を実効支配している。この間の歴史を詳細に描くことは、2つの中国が存在することを世界に示すことになると思ったのだろうか。いずれにせよ、不自然さを感じる内容ではあった。

 開会式に向け、当局は治安ボランティア140万人を含む150万人以上の警備要員をメーンスタジアムや天安門広場付近に配置し、30万台を超える監視カメラで市内を警戒した。さらに、驚くことに通称「鳥の巣」の「国家体育場」周辺には地対空ミサイルまで配備されているという。要するに、戒厳令下で五輪が行われているということだ。

 「一つの夢、一つの世界」というキャッチフレーズは米国の広告会社が考えたものだが、開会式当日にグルジアとロシアが全面戦争に突入した。中国社会が抱える矛盾を隠して五輪を開催したことを象徴するかのような出来事だった。

 全体主義国家が五輪を開催すると、数年以内にその体制は崩壊する。これはジンクスでも何でもなく、スポーツの価値をその体制が認められるギリギリのところで認めると、その限界点で政治に対抗する価値が全体主義体制の中で芽生えるからだ。これは、歴史の法則と言っていいだろう。ナチスドイツの36年ベルリン大会、旧ソ連による80年モスクワ大会、旧ユーゴスラビアによる88年サラエボ(冬季)大会の例を示せば十分だろう。

 選手の入場行進の各国への反応の中に、現在の中国の人々の国民感情を読み取ることができた。大きな歓声が湧いたのは、まず、米国、ドイツ、イタリアなどの西側先進諸国。これは単純な物質文明に対する憧れもあるのだろうが、国際的にはG8とともに世界を引っ張っていこう、中国は西側先進諸国に肩を並べたのだ、という自負やそうした意識から発生する先進諸国への連帯感からくるものだろう。その一方で、ロシアと北朝鮮という、かつての社会主義国の友邦に対する声援も大きかった。これは未だに、かつての友邦に対する親近感が中国国民の中に残っていることを示しているように思う。こうした現在と過去の感情がクロスして複雑な国民感情を形成しているのが、現代の中国なのだ。政治的には旧東側の意識を残しながら、経済的には完全に西側へと意識が流れている。政治と経済の意識の乖離が、巨大な13億人の国家のひずみの源泉になっているのだろう。

 中華圏の国であるシンガポール、香港、そして台湾にも大きな声援が起きたのも見逃せない。特に香港と台湾への大きな声援は、台湾を中(華人民共和)国の一部であると世界に錯覚させるに十分な効果があったように思う。
 チベット問題のせいか、フランスには歓声が湧かず、日本にはブーイングの代わりに沈黙が降り注いだのは、ある程度、予想がついたことだ。

 夜空を華麗に演出した花火は美しかったが、スモッグの闇に支配された漆黒の空には、スポーツにふさわしい青空を予見させるものが、少なくとも私には見えてこなかった。

 昨年、日本国籍を取得した元中国人の畏友、石平氏は言う。
 「一言で言えば、戒厳令で行われた華麗な演出ということです。最後に点火されたあの聖火の炎は、中国共産党が焼け落ちる炎に見えました」。

写真は聖火と選手団(共同)

西村幸祐(にしむら・こうゆう)

 作家・ジャーナリスト・戦略情報研究所客員研究員。
 1952年(昭27)東京生まれ。慶応義塾大文学部哲学科中退。在学中に第6次『三田文学』の編集を担当、80年代後半から主にスポーツをテーマに作家、ジャーナリストとしての活動を開始した。93年のW杯予選からサッカーの取材も開始。02年W杯日韓大会取材後は、拉致問題、歴史問題、メディア批評などスポーツ以外の分野にも活動を広げている。「撃論ムック」編集長、文芸オピニオン誌「表現者」編集委員。著書は『ホンダ・イン・ザ・レース』(93年・講談社)、『反日の構造』、『反日の超克』(PHP研究所)など多数。ホームページは900万PVを突破した。
http://nishimura-voice.seesaa.net/




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