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大和なでしこはもともと強い

2008年8月18日

 なでしこJAPANの愛称で知名度も上がったサッカー女子日本代表が快進撃をしている。1次リーグで米国に敗れたものの、シドニー五輪金メダルのノルウェーを5-1の大差で撃破し、15日には決勝トーナメントの緒戦で地元中国を危なげなく倒し、ベスト4に進出した。1勝もできず3試合で1点しか取れなかった男子チームと好対照を見せている。

 この五輪、全般的に日本選手団は女子が優勢で男子の成績を圧倒しているような気がする。それはまるで、ポテンシャルが低くなった男が女に蹴散らかされる現在の日本の世情を反映しているかのようだ。しかし、そんな事情と関係なく、なでしこJAPANの快進撃は単純にすばらしいもので、ここまで戦ったことだけでも賞賛の声を素直に贈りたい。

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 12年前のアトランタ五輪で、私はサッカー女子日本代表の無残な敗戦を目の前で目撃しているので、この変化には驚くべきものがある。アトランタ五輪で完膚なきまでに叩きのめされ、世界の壁を嫌というほど実感した沢穂希が、現在の女子日本代表の心臓部になっている。男子サッカーの前座試合の趣があった女子サッカーが単体の競技として成長してきたのと同時に、日本の女子サッカーも確実に進化を遂げてきた。

 それは上田監督時代からの日本の戦い方が変化せず、大きな身体と身体能力に勝る外国チームとの戦い方を徹底させていることが背景にある。日本人の技術(テクニック)を武器に、高い位置からのDFと数的優位を絶えず作り、組織で相手のパワーと技術を封じようという戦術が変わらない日本のコンセプトになって熟成されてきた。

 また、日本の文化環境にスポーツをスポーツとして認め、スポーツの価値を尊重する傾向があったので、不遇の時代から女子サッカーを応援しようという熱心なサッカーファンが支えてきたことも日本女子サッカー進化の大きな要因となっている。

 佐々木則夫監督は現役時代ボランチだった。その佐々木監督が沢と阪口という攻撃的選手をボランチに起用したことが「なでしこJAPAN」の肝になっている。これはニッカンスポーツコム連載の河崎三行氏のすばらしいコラムが触れている通りだ。

 そして、何よりも沢を中心にこのチームが精神的にまとまっていることが強さの秘密だと思う。高いモチベーションを保ち続けている。試合前の国歌演奏での「なでしこJAPAN」イレブンの姿を、男子チームは見習ったらどうだろうか? 胸に手をやり左胸にあしらってある日の丸に手を当てながら、精神力を高めている。

 チームが高い結束力で結ばれていると、誰もがピッチ上の選手と同じ状態で試合に臨める。先発を外れた非レギュラーも同じ状態で試合を行っているので、途中交代しても試合に直ちに入ることが可能となる。それを実証したのが対中国戦、後半9分に途中交代で左サイドに入った柳田美幸のすばらしいパフォーマンスだった。

 相手選手との接触で矢野喬子が負傷退場した。矢野のその後が非常に心配だが、柳田が同31分に気力あふれた非常に粘っこい守備を見せた時、この試合は間違いなく日本が勝つと確信した。負傷退場での交代であそこまでのプレーができるのは、ベンチでもピッチ上の選手と同じ気持ちで試合に絶えず臨んでいなければできない。

 柳田は、その後も果敢な守備を見せ他の選手に勇気を与え続けた。ロスタイムに入った1分後には右サイドをカウンターで攻め上がる中国から、勇気あるスライディングでボールを奪取したのは非常に象徴的なシーンだった。

 池田のクレバーなラインコントロールは冴え渡り、守備ブロックも相手のチャンスで機能する。沢、阪口、両ボランチのまさに心臓部としての攻守の動き、さらに大野、永里の積極的なドリブルで仕掛けていく攻めの姿勢が加わり、「なでしこJAPAN」は見事なサッカーを披露してくれているのだ。

 日本女子サッカーの次元が中国チームと全く違う所にあることを見せてくれただけでなく、日本の女子サッカーそのものが異次元空間に突入しつつあることを教えてくれた準々決勝だった。

 それはまた、何よりも、テクニックがあっても戦術だけがあっても勝てるわけがないという当たり前の事実を再確認させてくれた。1勝もできなかった男子チームには、何が足りなかったのか、日本のサッカー界は真剣に考え直すべきだろう。W杯ドイツ大会の無残な敗北といい、男子サッカーが学ぶべき点はあまりにも多い。

※写真は中国戦で先制ゴールを決め喜ぶ沢(共同)

西村幸祐(にしむら・こうゆう)

 作家・ジャーナリスト・戦略情報研究所客員研究員。
 1952年(昭27)東京生まれ。慶応義塾大文学部哲学科中退。在学中に第6次『三田文学』の編集を担当、80年代後半から主にスポーツをテーマに作家、ジャーナリストとしての活動を開始した。93年のW杯予選からサッカーの取材も開始。02年W杯日韓大会取材後は、拉致問題、歴史問題、メディア批評などスポーツ以外の分野にも活動を広げている。「撃論ムック」編集長、文芸オピニオン誌「表現者」編集委員。著書は『ホンダ・イン・ザ・レース』(93年・講談社)、『反日の構造』、『反日の超克』(PHP研究所)など多数。ホームページは900万PVを突破した。
http://nishimura-voice.seesaa.net/




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