ポイント稼ぎの「かけ逃げ」返し 電光石火の寝技特訓中
転がる石井が欧州潰す【柔道・石井慧】
北京五輪柔道男子100キロ超級の石井慧(21=国士舘大)が「欧州勢つぶし」の寝技に磨きをかけて、悲願の金メダル獲得を目指す。日本男子最重量級最年少で五輪代表に選出されてから、強豪ひしめく欧州勢が多用するポイント狙いの「かけ逃げ」に対応する寝技を集中的に磨いてきた。立ち技から寝技に移行する「必勝型」、下側から形勢逆転する「柔術型」も加えた3種の寝技を駆使し、7階級制となった88年ソウル五輪以来、最重量級で最軽量の王者を狙う。
独自の哲学
悲願の金メダルへ。石井は得意とする寝技のレベルアップに力を入れている。投げ技に比べると、その練習は地味で苦しい。しかし、独自の哲学がある。「寝技にはスランプがない。立ち技と違い、押さえ込めば確実に1本になるので誤審もない」。そして世界一への鍵となるのが、打倒欧州勢を見すえた寝技だ。
5月26日から約1週間の天理大での合宿で、「欧州つぶし」の寝技を徹底的に磨いた。うつぶせになった相手の背後に組み付いたまま、素早く自分の体を回転させてひっくり返す。相手の上になると、今度は体を移動させて上四方固めや崩れ上四方固めに持ち込む。この寝技はライバルの欧州勢を意識したものだった。
相手に恐怖
細川伸二全柔連男子強化部長 欧州勢は(1本狙いではなく)ポイントを狙う「かけ逃げ」のような内またや背負い投げをかけてくる選手が多い。技をかけた後はうつぶせにつぶれる。そこで素早く自分の寝技に持ち込むことができる技術があれば、相手に「寝技を食らう恐れがあるから、次からはポイント狙いでつぶれる技をかけにくい」という恐怖心を植え付けられる。
もちろんうつぶせで防御に徹する相手を、あおむけの状態に返すのは難しい。特に108キロの石井が、120キロを超える最重量級の有力選手を転がすのは力だけでは無理。体全体を使った技が必要になる。合宿では背後から相手の奥襟や脇をつかみ、自分の体を振り子のように横回転させるなど相手をひっくり返す練習を繰り返した。
この寝技は相手の上になっただけでは終わりではない。男子代表の斉藤仁監督が言う。「最重量級はあんこ型で腹が出ている選手が多く、体重の軽い石井が縦四方固めで抑えようとすると、腹ではね返される可能性がある。だから素早く横四方、そして上四方固めに移行して押さえ込む練習をしている」。石井の「欧州つぶし」は欧州勢対策+最重量級対策の強力寝技といえる。
天才が進化
石井が金メダルを獲得すれば、五輪から無差別級が廃止されて7階級制になった88年ソウル五輪以来最軽量の最重量級王者になる。「寝技は練習をしただけうまくなれる。才能は関係なく強くなれる。だから自分は好きなんです」と石井は笑顔で話す。北京五輪本番まで約2カ月。斉藤監督が「一番の才能は誰よりも多く練習をすること」と評す努力の天才が、進化した最強の寝技で快挙への階段を上る。【菅家大輔】
| 年 | 開催地 | 金メダリスト(国・所属) | 身長 | 体重 | 日本代表 | 成績 | 身長 | 体重 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1984 | ロサンゼルス | 斉藤仁(国士舘大職) 山下泰裕(東海大職) |
180 180 |
140 128 |
斉藤仁 山下泰裕 |
金メダル 金メダル |
180 180 |
140 128 |
| 1988 | ソウル | 斉藤仁(国士舘大職) | 180 | 140 | 斉藤仁 | 金メダル | 180 | 140 |
| 1992 | バルセロナ | ハハレイシビリ(EUN) | 189 | 150 | 小川直也 | 銀メダル | 193 | 130 |
| 1996 | アトランタ | ドゥイエ(フランス) | 196 | 125 | 小川直也 | 5位 | 193 | 130 |
| 2000 | シドニー | ドゥイエ(フランス) | 196 | 125 | 篠原信一 | 銀メダル | 190 | 135 |
| 2004 | アテネ | 鈴木桂治(平成管財) | 184 | 110 | 鈴木桂治 | 金メダル | 184 | 110 |
| 2008 | 北京 | ? | ? | ? | 石井慧 | ? | 181 | 108 |
【注】84年ロサンゼルスの山下泰裕は無差別級。EUNはバルト3国を除く旧ソ連構成国家によりつくられた選手団
さらに2つの技
- 柔術型
- 石井の寝技で数少ない弱点が相手に上に乗られた時の対応。本人も「自分が下の時にうまく相手をコントロールできるようになればいいんですが…」と話す。そのため5月に柔術の道場を訪れた。柔術といえばあおむけになって相手を寝技に引き込む技術にたけている。下になった時に上の相手の襟などをつかみ引き寄せて体に密着させ、横回転をするように体を入れ替える方法などは柔道でも基本の型だが、襟の持ち方や体を入れ替える手段を増やすため、他の競技からでも積極的に技術を吸収していく。
- 必勝型
- 石井が「高校時代から力を入れて練習している」と言う立ち技から寝技への連絡技。現在はさらなるスピードアップを目指している。通常の選手は相手を投げ倒してから寝技に入るまでに一度組み手が切れる。だが、石井は左手が相手の柔道着から離れない。たとえ離れたとしてもすぐに奥襟や脇を持ち直す。常に相手の柔道着を持つことで倒してから寝技への即時の展開が可能になる。細川強化部長も「私が見た最重量級の選手でこれほど立ち技から寝技への連絡がうまいのは山下さんと斉藤くらい」と評した。
- 石井慧の五輪でのライバル
- 最大のライバルは07年世界選手権王者のリネール(フランス)。204センチ、129キロの巨体で手足が長く、独特のリズムとバネを持つ。井上康生を2度下した返し技も巧みで、19歳と若く伸びしろもある。アテネ五輪銀メダルのトメノフ(ロシア)も31歳の年齢は気になるが、183センチ、120キロの肉体に宿るパワーは世界屈指。07年世界3位で199センチ、111キロのシリトレー(ブラジル)、石井が苦手とする「奇襲技」が得意なリュバック(ベラルーシ)も怖い存在だ。
- 石井慧(いしい・さとし)
- 1986年(昭61)12月19日、大阪・茨木市生まれ。04年講道館杯全日本体重別100キロ級で優勝。06年には19歳4カ月の史上最年少で全日本選手権を制す。07年秋に100キロ超級に転向し、同12月の嘉納杯、今年2月のオーストリア国際、同3月のカザフスタン国際で優勝した。4月の全日本選抜体重別選手権こそ故障で欠場したものの、直後の全日本選手権で2度目の優勝を果たし、北京五輪代表の座をつかんだ。181センチ、108キロ。



