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五輪開幕前連載「メダル候補たちの武器」

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「ハイブリッド野口」でV2ロード爆走

低燃費マイナス677歩【女子マラソン・野口みずき】

 省エネで足回りも万全。北京五輪で史上初の女子マラソン連覇を狙う野口みずき(29=シスメックス)が進化した走りを手に入れた。(1)「マイナス677歩」を実現した低燃費(2)悪路も走り抜く強靱(きょうじん)なサスペンション(緩衝装置)と2つの新性能を武器に、V2ロードを走破する。

 「明らかに、以前の私とは別の私になっている」。女子初の五輪マラソン連覇へ向け、野口は胸を張る。自信の裏付けは、進化した2つの性能「低燃費ストライド」と「衝撃吸収ボディー」だ。クルマでいえば小型だけど省エネで足回りもしっかり。カー・オブ・ザ・イヤー級の走りで北京を駆け抜ける。

1 低燃費ストライド

性能
 初マラソン時に比べ、677歩分の“燃料”を節約した。世界陸上統計者協会会員の野口純正氏がテレビ画像から割り出したデータ(※1)によると、2002年名古屋でストライド(歩幅)が平均147・9センチだったのに対し、昨年11月の東京では身長の150センチを上回る151・5センチまで伸びていた。わずか3・6センチの差でも、42・195キロを走れば違いは大きい。2万8529歩を要した02年名古屋に対し、昨年の東京では2万7852歩まで減った計算になる。
開発工程
 昨年1月の左アキレスけん負傷を機に、左右のバランスを整えた。片足スクワットなどで右ひざを鍛え、左に傾いていた重心を矯正。藤田監督が「一見、バネがなくなったように見える」と表現する、飛び跳ねず効率よく前へ進むフォームを身につけた。

2 衝撃吸収ボディー

性能
 クルマでいうサスペンション(緩衝装置)を強化して、北京の硬い路面に対応する。もともとアテネ五輪以前から野口の体は衝撃に強い。陸連の科学委員長を務める筑波大の阿江通良教授が1998年の高橋と03年の野口のフォームを解析したデータ(※2)によると、野口は足が着地後の重心の沈み込みが高橋より2割近く少ない。強靱な足腰によって、より少ない上下動で衝撃を吸収でき、より走りもスムーズになる。
開発工程
 足腰への負担が大きいストライド走法に耐えうる体作りのため、10年以上も筋トレを重ねてきた。現在では体重の1・5倍を超える60キロ以上のバーベルを担いでスクワットをこなす。さらに本番へ向け、今月下旬から開始するマラソン練習に急きょ3週間の長野・菅平合宿を組み込んだ。アップダウンを走り込み、より強い下半身を完成させるためだ。

 2つの新性能を引っさげ、野口は北京に乗り込む。燃費が良く、足回りのしっかりした走りなら、猛暑や大気汚染、硬い路面など悪条件がそろう難コースも攻略できるはずだ。7月には30歳を迎えるが、アテネ女王は「年齢(の影響)は全然関係ない」と断言。新車同然の進化した走りで、2度目のチェッカーフラッグを目指す。【太田尚樹】

野口の走り(イラスト)

野口純正氏の分析

 テレビ中継の映像をから手動計測で割り出した1分間あたりの歩数をもとに、ストライドの長さを算出。2007年東京の野口のデータを、02年名古屋の野口、01年ベルリンの高橋、07年東京の渋井と比較した。

 身長150センチの野口のストライドは02年に147・9センチ(身長比98・6%)だったのに対し、07年には151・5センチ(同101%)と3・6センチ伸び、身長を超えた。身長で13センチ高い高橋の145センチを大きく上回り、14センチ高い渋井の151・6センチとほぼ同じ。一方で、ピッチの速さは変わっていないという。野口氏によると、身長を超えるストライドは男子の世界トップクラスでも珍しく「すごいこと。脚筋力がアップしたことでスムーズな走りになったのでは」と分析していた。

野口みずき、高橋尚子、渋井陽子のスライド比較(野口純正氏のデータ)
  野口みずき 高橋尚子 渋井陽子
サイズ 150センチ、40キロ 163センチ、46キロ 164センチ、47キロ
レース 02年名古屋 07年東京 01年ベルリン 07年東京
タイム 2時間25分35秒 2時間21分37秒 2時間19分46秒 2時間34分19秒
平均ストライド 147.9センチ 151.5センチ 145センチ 151.6センチ
身長比 98.6パーセント 101パーセント 89パーセント 92.4パーセント
1分間の歩数 196.5歩 196.9歩 209歩 195.2歩

阿江教授の分析

 陸連の科学委員会が野口(2003年日本選手権1万メートル)と高橋(1998年水戸国際1万メートル)を撮影した映像から、京都教育大の榎本靖士准教授とともに動作を解析。5000メートルを14分台で走る男子学生選手のデータと比較した。

 野口について阿江教授は「足が接地した後の重心の沈み込みが小さい。(足腰の)パワーがある証拠」と指摘する。走る時に足をつくと、衝撃を受け止めるため重心は一時的に沈む。フォームが大きければ衝撃は大きいはずだが、ピッチ走法の高橋が3・42センチ下がるのに対し、ストライド走法の野口は2・77センチと2割近く少ない。筋力が強いから重心が下がらず、スムーズに走れる。だから1歩ごとのブレーキも少なくなり、ロスのない走りができる。野口の走りは、とことん理にかなっている。

野口みずき、高橋尚子のデータ比較(阿江教授と榎本准教授による)
  野口みずき 高橋尚子 男子学生選手
分析レース 03年日本選手権1万m 98年水戸国際1万m ―――
タイム 31分59秒28 31分55秒95 5000m14分台
1歩の接地時間 0.150秒 0.167秒 0.169秒
1歩の滞空時間 0.133秒 0.108秒 0.139秒
重心の上下動 5.94センチ 5.39センチ 6.94センチ
接地後の重心低下 2.77センチ 3.42センチ 3.58センチ
1歩ごとのブレーキ 秒速15センチ 秒速17.5センチ 秒速27.3センチ

「中距離だったら変えていた」腕の振り

 野口を指導する藤田監督は、短距離400メートルから中距離、長距離と全種目の日本記録保持者を育てた。マラソン選手の育成法も、スピード化を見越してストライド走法にこだわった。「後半まで崩れにくいのはピッチ走法。腰を落としてひざに衝撃をかければバテない。でも歩幅は大きい方が得。下腿(かたい)筋(かたいきん=ふくらはぎの筋肉)を鍛えれば女子でもできると思った」。

 力強いストライドを武器に1972年ミュンヘン五輪を制し、70年代最強と称されたフランク・ショーター(米国)を理想としてきた。97年のワコール入社時の野口は、上半身を反らして腰も落ちた不格好なフォームだった。「ミッキーマウスみたいや」と同監督に酷評されたという。それを筋トレを課して、強靱な体を作ることで修正した。

 一方で“個性”も残した。一見ムダにも思える、右手を大きく横に振る独特の腕振りだ。「あれは生まれつきみたいなもの。アイツはあれでリズムをとっている。中距離をやらせるなら変えていたけどな」と苦笑いで明かした。

ストライド走法
 ストライドを大きく、ピッチを少なくする走り。スピードを出しやすい半面、足への負担が大きいため筋力が必要とされる。女子ではラドクリフ、男子では中山竹通が代表例。
ピッチ走法
 ストライドを身長よりも狭くし、一定期間のピッチ(歩数)を速くする方法。フォームが安定しやすいとされる。女子では高橋尚子、男子では谷口浩美が代表例。

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