敗れて無敵になったレスリング女王
3種の新技!タックル変化【女子レスリング・吉田沙保里】
北京五輪のレスリング女子55キロ級代表の吉田沙保里(25=綜合警備保障)が、自慢の高速タックルを「3つの法則」で進化させて五輪連覇を目指す。1月の女子W杯でタックルを返され、公式戦の連勝が119で止まった。その教訓を生かし、タックルのさらなるレベルアップに取り組む。五輪本番まで3カ月半。「世界一速い」といわれるタックルを進化させ、誰にも返せない「無敵のタックル」を生み出そうとしている。
- W杯での吉田のタックル

「法則」徹底
吉田が新たな武器を身につけようとしている。「まだ完ぺきではない。でも、五輪までに完ぺきに仕上げていきたい」。その言葉には確かな自信がにじんでいた。連勝を119でストップされた屈辱の敗戦から4カ月。北京五輪に向け、栄和人監督とともに「返されないタックル」のマスターに取り組んでいる。
「世界一速い」といわれる「高速タックル」で勝ち続けてきた。栄監督は「残り1秒でも入れる」と言う。その武器が「もろ刃の剣」になった。1月の女子W杯でついに、バンデュセン(米国)に返された。同監督が振り返る。「スピードがありすぎるから止まれない。その勢いを(タックル返しに)使われた」。世界に研究され尽くされていた。その苦い経験から「返されないためには」ということにテーマを絞り「3つの法則」を徹底させている。
1 減速タックル
タックルのスピードと勢いを利用されないよう、タックルした直後に急ブレーキをかける。従来の低空タックルから、相手を押し倒す瞬間に故意にマットにひざを突く。その上で「ズルズルと場外に相手を押し出す感じ」と栄監督。これまでのように一気に押し倒して背中をマットにつけて3点を奪うのではなく、場外に押し出しての1点を積み重ねる。
2 胸押しタックル
相手の腰の高さに左肩から鋭く突っ込んでいたが、この低い体勢をバンデュセンに狙われた。「相手が吉田の両脇をさして上半身を持ちやすい状態だった」と栄監督は分析。そこで、従来よりわずかに上体を起こして「肩で押す」から「胸で押す」タックルに着手した。相撲の四つに近く、後方に投げられづらくなる。
3 幻惑フェイント
ライバルたちの脳裏に擦り込まれている「吉田=高速タックル」という意識を逆利用する。日本協会の富山英明強化委員長は「これまでの吉田は、単調なリズムでタックルに入る場面が多かった」と説明する。同じようなタイミングになると、タックル返しで合わされやすい。だから、細かいフェイントやがぶり、引き落としで相手を揺さぶり、多様なリズムで相手を幻惑させる。そこに強烈なタックルを食らわせれば、より効果が大きい。
「高速」進化
本番までにこの「3つの法則」をマスターすることで、タックル攻撃を多彩に進化させる。いずれもコツコツと1点を積み重ねていく「マシンガン」方式で、一気に3点を狙った「大砲」からの意識改革が必要不可欠になる。だが、ショックの大きい敗戦を経験した吉田は「一気に3点取れれば楽だけど、カウンターを取られると危ないので1点ずつ重ねていけばいい」と納得する。
同監督は「タックル返し対策を完全にマスターすれば、今までのタックルも合わせて吉田はさらに成長する。強くなる」と言い切る。そして吉田は「負けたからこそ強くなるんだ、というところもあった」。自慢の高速タックルが死角のない無敵タックルへと進化したとき、五輪連覇の夢が実現する。【菅家大輔】
- 吉田の敗戦
- 2008年1月18日に中国・太原で行われた女子W杯1次リーグ第2戦の米国戦でバンデュセンと対戦。第1Pは終盤にタックルを決め一気に3点を奪い3―1と逆転も、直後のビデオ判定でタックルを受けて倒れながら吉田を後方に投げた相手の技を優勢とされ、得点が0―4に変更されて落とした。第2Pも終盤に同じパターンでタックルを返されて落とし、合計0―2で敗退。公式戦連勝が119、対外国人の連勝は114で止まった。
- 吉田のライバル
- 連勝をストップさせたバンデュセン(米国)、4月の欧州選手権優勝のゴルツ(ロシア)、前回世界選手権で吉田に続く2位になったカールソン(スウェーデン)、アテネ五輪銀のバービック(カナダ)らが強敵になりそう。特にバンデュセンには日本のレスリングを知り尽くしている八田忠朗コーチがいる。日本レスリングの「生みの親」といわれる故八田一朗元日本協会会長の次男で、1988年ソウル五輪から96年アトランタ五輪まで3大会で米国男子フリー代表コーチを務め、五輪2連覇のジョン・スミスを育てた。2007年11月に女子米国代表コーチに就任し、2カ月足らずで「打倒吉田」を実現させた。
「対策積めば死角なくなる」富山強化委員長
日本協会の富山強化委員長は、吉田のタックルの特徴として、2つのポイントを挙げた。「スピードと力強さは大げさかもしれないが、男子並み」と称する速さと当たりの強さ。そして「タックルに入る前の予備動作がなく、ノーモーションでくるから読みづらい」という点だ。普通の選手はタックル直前に勢いをつけるため体を沈めるが、身体能力の高い吉田は、体の浮き沈みなく強烈なタックルに入ることができる。
だからこそバンデュセン戦の敗退を「いつでもタックルで取れるという慢心があったのかもしれない。相手も相当研究してきているから」と振り返る。単調に入りがちだったタックルのタイミングをずらすためのフェイントなどの必要性を強調。能力は秀でているだけに「相当の練習をするし、対策さえ積めば死角はなくなると思う」と信頼を寄せていた。
- フリースタイルのルール
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- 時間と勝ち方
- 1ピリオド(P)2分。P間の休憩は30秒。2Pを先取するか、フォール(相手の両肩を1秒マットにつける)を奪えば勝ち。1試合で警告を3回受けると失格負け。
- ピリオドを制するには
- 得点で上回るか、テクニカルフォール(6点差をつける、5点の技を決める)を奪えば勝ち。1-1以上の同点の際は下記条件を満たす者が勝者。
- 相手への警告による得点を多く獲得した者
- より得点の大きい技を決めた者
- 最後に得点を獲得した者
- 得点を挙げるには
- タックルで相手を場外に押し出すか、相手の背後を取れば1点。タックルで相手を持ち上げ背中から落とせば3点または5点など。
- 吉田沙保里(よしだ・さおり)
- 1982年(昭和56年)10月5日、三重県一志町(現津市)生まれ。3歳でレスリングを始め、久居高から中京女大を経て、現在は綜合警備保障に所属。アテネ五輪55キロ級金メダル、世界選手権5連覇、全日本選手権6連覇など輝かしい成績を残し、1月のW杯で途切れるまで公式戦119連勝、対外国人114連勝を記録。背筋力は180キロ。156センチ、55キロ。



