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正念場で「らしさ」を存分に発揮したなでしこ

2008年6月03日

<女子アジア杯:日本3-1オーストラリア>◇2日◇1次リーグB組◇ベトナム・ホーチミン

 日本、オーストラリア両チームのユニフォームの腕には、喪章が巻かれていた。なでしこジャパンは長沼健・元日本サッカー協会会長の死を、そしてマチルダス(オーストラリア女子代表の愛称)は2日前にチームの用具係の母親が亡くなったことを悼んでのものだった。出陣前、日本はロッカールームで長沼氏への黙祷を捧げてからピッチに飛び出して行ったのだという。

sc-nadeshiko-080603-0302.jpg試合前、ピッチ上で整列した日本(右、青)、オーストラリア両国選手

 なでしこジャパンの先発は、韓国との初戦とほぼ同じ。多くの選手が前節台湾戦で完全休養している。GKだけが福元に変わった。これで大会登録メンバー全員が出場したことになる。些細なことのようだが、経験値蓄積の面で後々効いてくる選手起用だ。ことに福元は、前回女子アジア杯でオーストラリアに敗戦した時のGK。あの試合で彼女は相手選手に押された勢いでファンブルし、そのボールを蹴りこまれて失点を喫している。内心期するものがあったはずだ。

sc-nadeshiko-080603-0303.jpg君が代に聞き入る日本イレブン

 対するオーストラリアは、前節韓国戦とはメンバーを2人入れ替えた。中でも長身センターバックのソールズベリが韓国戦で足を痛めて欠場したのは、日本にとっての脅威がひとつ減った格好だ。

 佐々木監督はオーストラリア戦に対する心構えとして、選手にこう告げていた。

 「守備もシュートもパスも悩むな! 大胆に行け」

 その檄の通り、日本は大胆にプレーした。足を止めることなく流動的にパスを回し、相手を前後左右に揺さぶり続けた。かと思うと大野や宮間や安藤が機を見てはドリブルで敵陣深く侵入した。オーストラリアとしては守っても守っても、日本選手があとからあとからわらわらと湧いてくるように見えたのではないか。ちょうど1936年のベルリン五輪で、スウェーデンに対する日本の波状攻撃を見た実況アナウンサーが

 「日本人だ、日本人だ、また日本人だ!」と叫んだ時のように。

 そして守備にも抜かりがなかった。まず、大野と永里の2トップが前線から献身的にチェイシングを行って相手のパスコースを限定させ、時にはインターセプトまでした。オーストラリアの長身FWギルに対しては池田を始めとするDF陣がしっかり体を密着させて自由なポストプレーをさせず、快足アタッカーのデ・バンナに対しては第1守備者が応対して攻撃を遅らせている間に2人目が挟み込んで、ボールを奪っていた。さらに上がり気味に位置しているオーストラリアの中盤両翼の裏をサイドバックの近賀、柳田が突くことで相手の攻撃を封じ込めるという、能動的な守備も効果的だった。こぼれ球に対しても、日本人らしい俊敏さを生かして常に先に反応していた。

 またデ・バンナは足が速いだけでなくて手も早く、自分のミスでボールを奪われては日本の守備陣へのアフターチャージを繰り返していたが、なでしこジャパンはこの挑発に乗ることもなかった(理想としては、あまりにしつこい時は日本選手の誰かがイエローを取られない程度に1発ガツンとお見舞いして、「なめてんじゃないわよ!」と敵に思い知らせるべきなのだけれど。大和なでしこはそういうことが得意でないのはわかっているが、無抵抗主義を続けているといずれ取り返しのつかないけがを負いかねない)。

 ただひとつ、キックオフ直後から気になったのは、マチルダスが沢に密着マークを付けたことだ。サイドバックが本職である18歳のペリーが、沢に影法師のように付きまとったのである。昨日もこのコラムで触れた、クリケットの現役豪代表メンバーでもある選手だ。彼女のアスリートとしての高い能力を買っての抜擢だったのだろう。それだけでなく試合後に沢が

「パンツの裾を引っ張ってきたりして、大変でした(笑)」

 と振り返ったように、なかなかあくどいこともやってきたようだ。この沢への密着マーク、前回の女子アジアカップでもオーストラリアが用いて勝利を呼び寄せた戦法だった。

 マチルダスのセルマーニ監督はJリーグの広島でアシスタントコーチを務めた経験があり、日本サッカーを熟知している。さらに沢が以前、米女子プロリーグWUSAのアトランタ・ビートに所属していた時には同リーグ、サンノゼ・サイバーレイズのアシスタントコーチをしていた。前回女子アジア杯で日本を破った後、セルマーニ監督はこう語っていたものだ。

 「アトランタにいた頃の沢は、あくまで11人のうちの1人として自分の役目を果たしていた。しかし日本代表での彼女は、それ以上の存在だ。チーム全体のリズムを作り出し、周囲の味方選手を躍動させるキープレーヤーなんだ」だからこそマンツーマンでマークを付けたのだが、沢ほど経験豊富な選手になると当然その対応策ぐらいは持っている。マークを引き連れて動き回ることでスペースを開け、そこを味方選手に使わせようとしたのだ。だが2年前の対戦では周囲の選手が沢の意図に反応できず、日本はパス回しを封じられてマチルダスの術中にはまってしまった。

 しかし今回は違った。沢から直接の指示を受けた阪口や、日テレベレーザのチームメイトで勝手のわかっている大野や永里が入れ替わり立ち代り沢の作ったスペースに走りこんでパスを受け、あるいはドリブルでボールを前に進めた。そして沢自身もいたずらに前に上がらないことでペリーを釘付けにし、オーストラリアから攻めの拠点を奪った。この一連の修正を監督の指示なしに行えるあたり、2年前と比べてなでしこジャパンが進化した点のひとつだろう。

 これほどまで日本の注文通りの展開になって、ゴールが生まれないはずがない。8分、安藤が沢からのパスをワントラップでペナルティーボックスに持ち込み、右45度から豪快にゴール右上に突き刺す。そして33分には宮間が左から放ったDFとGKの間に落ちる絶妙のクロスに、永里がスライディングしながら合わせた。いずれも長短のパスを織り交ぜて相手を左右に揺さぶった後の、これこそが日本のサッカーだと胸を張りたくなる流れの中からの得点だった。古い言い方だが敵が大柄なオーストラリア選手だけに、弁慶を翻弄する牛若丸の趣があった。大会後、日本に帰国してからぜひもう1度ビデオで見直してみたいファインゴールだったのだが、あいにくこの試合は日本に中継されていないわけで…。

 後半、オーストラリアは沢への密着マークを諦めた。後でセルマーニ監督が述懐したが、「沢をマークするという当初の作戦がうまく機能しなかった。だから後半は、自分達本来の戦い方で得点を狙いにいったんだ」との意図で沢のマーク役だったペリーをサイドバックに戻し、DFのアラギッチにかえて16歳のFWサイモンを投入してきたのだ。

sc-nadeshiko-080603-0306.jpg会見での豪セルマーニ監督

 しかしこの作戦変更の出鼻を、宮間がくじく。同じく細かいパス回しで相手を左右に揺さぶった後、ペナルティーエリア前でパスを受けた宮間が左足を一閃。ボールは左ポストを直撃し、そのままゴールマウス内に跳ね返っていった。本来右利きであるにもかかわらず左足も自由に操れる彼女ならではの、正確なミドルシュートだった。

 3点入れば、勝負そのものはついたに等しい。

 と、ここでオーストラリアがキレた。このままのスコアでは自分達がグループ敗退してしまう。それはなんとしても避けなければ。焦りやイライラのためか、荒くれ者のデ・バンナだけでなく他のオーストラリア選手もアフターチャージやバックチャージを連発し始めたのだ。特に密着マークが外れて前線に活発に攻め上がるようになっていた沢は、格好の標的になった。

 「相手がカリカリしてるのがわかって『しめしめ』と思う部分もあったんですが、追い詰められたオーストラリアがみんな前掛かりになってパワープレーで来られたらいやだな、と。日本はそういうの苦手ですから」

 沢の不安は的中した。マチルダスはファールの数と同時に、前への押し上げの回数と圧力も一気に増してきたのだ。オーストラリアが左からのCKを得たのは、そんな流れの中からだった。前日練習で日本はセットプレー、ことにCKに対する守備練習を入念に行っている。対策は万全のはずだ。

 にもかかわらず日本は、センターバックの19歳、ポーキングホーンにほぼフリーでシュートを決められてしまう。

 「セットプレー時の守備は、小柄な我々にとって大きな課題ですね。選手は集中してたはずですがちょっとした厳しさの差を今日、オーストラリアに勉強させてもらいました」。記者会見での佐々木監督の弁だ。確かにあれほどまで意識付けした練習の成果が出せなかったことについては、今後に大きな不安が残る失点だった。しかしこの1点が実は、けがの功名ともなったのである。沢が振り返る。

 「ちょうど、このまま攻め続けようか守りを固めようかと、私達が迷っていた時間帯だったんです。相手はがんがん攻めてきてたし。でもあの1点が入って、オーストラリアが自分で落ち着いちゃった。あれは助かりました」。

 もうひとつの同組カードである韓国-台湾のスコアはその時点で1-0だった。もちろん両チームスタッフは逐一、自分達の決勝トーナメント進出を左右する韓国戦の行方をチェックしている。このままのスコアで試合を終えれば、オーストラリアと日本がグループリーグを突破できる。無理をする必要はない-。

 ほっと一息ついてこのまま試合を終わらせたかったマチルダスだったが、日本はまだ手を緩めていなかった。86分、荒川からのサイドチェンジのパスを受けた宮間が中央に折り返し、待ち構えていた永里がボレーであわせた。このシュートは枠を捉えなかったが、オーストラリアに危機感を持たせるには充分だった。もうなりふり構ってはいられない、と。

 ここから先、前代未聞のシーンが目の前で繰り広げられた。

 マチルダスのGKバルビエリが短いゴールキックを蹴ってDFからのリターンを受けた後、ペナルティーエリア内をトコトコトコトコ右に左にとドリブルキープを始めたのである。味方の誰も、そのボールを受けにいかない。そもそもバルビエリだってパスを出すつもりはない。日本は全員が自陣に引いている。そしてオーストラリアと同じく韓国戦の情報はベンチから伝え聞いているから、無理にプレッシャーをかけには行かない。

 GKがペナルティーエリアでうろうろドリブルするだけで、他の21人の選手はじっと固まっている、そんな光景が2~3分続いただろうか。もちろんルール上は反則でもなんでもない。

 ただ面白くない(逆に面白がっていた?)のはスタンドの観客だ。口々にヤジをとばしたり、嘲笑したり、口笛を吹いたり。僕の横にいたAFCのレフェリーインスペクターまでが笑い転げていた。

 結局、良心の呵責に耐えかねたのか、後半ロスタイムの終了間際になってバルビエリはようやく味方にパスを出した。あとはオーストラリア陣内で安全にパス回しをして、そのまま終了のホイッスル。裏の試合では韓国が終了間際に加点して2-0で終えていたが、日本とオーストラリアの決勝トーナメント進出は揺るがなかった。

sc-nadeshiko-080603-0305.jpg試合後、スタジアムに駆けつけた在留邦人に挨拶するなでしこジャパン

 緒戦のつまづきからは想像もできなかったが、日本はグループBをなんと1位通過である。準決勝の相手であるグループA2位の中国は、この日の日本とオーストラリアの試合をスタンドで観戦していた。日本の攻撃のイメージはしっかり目に焼き付けただろうし、相変わらずセットプレー時の守備に難があることもインプットしただろう。元アジア女王の、そして五輪開催国の意地もあるだろう。日本が再び東アジア選手権の時のように中国を圧倒するのは、難しいかもしれない。

 だが中国は、アジア人のチームとしては体格、戦術ともに最も欧米型に近い国だ。まさに格好のスパーリングの相手。ここに勝てないようでは、オリンピックでのグループリーグ突破などおぼつかない。中国を撃破して決勝で再びオーストラリアと戦う。これが今大会における、日本にとって最高のシナリオだろう。

 優勝を飾るに越したことはない。しかしあえてファイナルを、佐々木監督の頭の中にあるオプションをいろいろと試す場にする手もある。オプションはぎりぎりの局面で事前に使っておかないと、いざ本番という時にカードを切れないもの。大切なのは女子アジア杯で優勝することよりも、北京五輪でできるだけよい成績を収めることなのだ。

 他の年はともかく、五輪開催年のしかも本大会直前に行われる女子アジア杯の決勝は、そんなトライの場にしたっていいと思う。

河崎三行コラム『五輪の花へ!なでしこジャパン』

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河崎 三行(かわさき・さんぎょう)

 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。




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