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なぜこの時期に、ホーチミン市開催なのか?

2008年6月04日

 グループリーグ全戦を終え、女子アジア杯は2日間のブレイクに入った。日本代表はこの日練習を行わず、宿泊ホテル周りで軽く体を動かしたのみで休養に充てた。こういう日に限って、スコールが降らない。日中は太陽がずっと顔を覗かせていた。

sc-nadeshiko-080604-0301.jpgここまでの大会期間中、ほとんどの日がスコールに見舞われた

 で、天気といえば少し思うことがある。

 自分が女子アジア杯のコラムを書いていてナンではあるが、今大会がこの時期に、このホーチミンの地で行われる意味がよくわからないのだ。

 まず、なぜオリンピックを目前に控えた6月なのだろう。五輪出場国は本番までの準備の追い込み時期。骨のある相手とのテストマッチを少しでも多く組みたいところだ。ところが女子アジア杯には、実力的に少し落ちる東南アジアの国々や台湾も参加する。力の拮抗した韓国が入ってきた、日本の属するB組はまだいい。しかしA組の北朝鮮や中国にとって、ベトナムやタイとの顔合わせは正直言って消化試合。五輪前のこの時期に対戦するのなら、もっと直接の強化に繋がる相手とやりたいはずだ。時間のムダとまでは言わないが、あまり有効な使い方ではない。

 もちろん台湾、ベトナム、タイといった国にとって、女子アジア杯は強豪と戦って自分達のレベルアップを図るための貴重な機会だ。その場が奪われるようなことがあってはならない。だとすれば北京五輪後に開催はできなかったのだろうか。そうすれば女子サッカー発展途上国はもちろん、強豪国にとっても有益な大会にできた。五輪後のチーム戦力の底上げや世代交代の場に使えるからだ(事実、実力は十二分にありながらながら五輪出場を逃したオーストラリアは、女子アジア杯をその目的のために活用している)。

 しかもこの時期のホーチミンは雨期にあたる。ここまででも度々試合前や試合中にスコールが降ったように、サッカーの大会を行うのに適切な時期や場所ではない。あるいはこの街で女子アジア杯をどうしても開催したいのなら、乾期に入る11月以降に設定するべきだった。その上、本大会の開催都市と開催時期がAFC(アジアサッカー連盟)から外部に向けて公式に発表されたのは、今年4月になってからのこと。あまりに直前である。開催地であるホーチミンにしてみれば、大会を市民に告知するための時間がなさ過ぎる。だからほとんどの試合でスタンドに閑古鳥が鳴くことになる。

 取材する各国メディアにしても準備期間が取れず、十分な露出を確保するのが困難になる。今回日本で女子アジア杯のテレビ中継がないのは、男子のW杯予選とスケジュールが重なることだけではないだろう。わずか2カ月前の発表では、なかなか放映枠は押さえられない。実況アナウンサーと解説者までが現地に乗り込んできて生中継を行った前回アデレード大会がまるで嘘のようだ。結局、日本協会の元女子サッカー関係者が以前僕に語ってくれたように

 「AFCは女子サッカーにまだまだ本気で力を入れていない」 のだ。

 AFCはオフィシャルサイト上で『アジアでもっとも急速な成長をみせている女子サッカー。AFCは各年代を通じた選手の成長のための適切な活動の場を提供すべく、努力をしています』 と高らかに宣言しているが、それを鵜呑みにはできない。AFC主催大会のカレンダーは、まず男子から優先的に決定される。それがひと通り終わった後、残った時期、残った開催地に女子の大会を押し込んでいくのである。だから女子の大会はなかなかスケジュールが決まらないし、諸事情をまったく考慮しない場所、時期での開催になる。

 AFCにもう少し女子サッカーに対しての目配りがあれば、適切な条件の下で選手達がプレーできるはずなのだが…。

 ま、これ以上文句を言ってもしょうがない。いろいろ問題はあれ、この大会が絶えることなく続いているのはアジアの女子サッカーにとって喜ぶべきことなのだ。その質を少しでも上げるべく、我々メディアがいい意味でのプレッシャーをAFCに与え続ければいいだけのことで。それに少なくとも日本にとってみれば、当初の予想以上に意義のある大会となっていることは間違いない。残り2試合、北京五輪後に

sc-nadeshiko-080604-0304.jpgトン・ニャット・スタジアムの電光掲示板に映し出された女子アジア杯のロゴマーク

 「あのホーチミンでの女子アジア杯で得たものは大きかった」

 と振り返れるような大会にすべく、なでしこジャパンには全力を尽くしてもらいたい。

 その彼女達の奮闘ぶりを、残りの日々の中で僕も微力ながら日本のサッカーファンに伝えていこうと思う。

河崎三行コラム『五輪の花へ!なでしこジャパン』

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河崎 三行(かわさき・さんぎょう)

 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。




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