サッカー時計が停止したままの「鉄のバラ」
2008年6月05日
アジアで行われる女子サッカーの国際大会へ取材に行くと、中国の記者に時々こう聞かれることがある。
「この日本選手の名前は、漢字だとどう書くの?」
日本女性の名前には時々、名前にひらがなやカタカナが使われる。これが彼らには困るらしい。中国語には外来語や外国語の表記のために使用するカタカナのような文字がないから、無理にでも同じ発音の漢字に当てはめて記事に反映させなければならないのだ(有名なところではコカコーラが「可口可楽」とか)。とはいえ漢字は音を表すだけでなく意味も込められていることぐらい、本家の中国人なら当然知っている。自分達でいい加減な字を当てるのも失礼だと思って、あえて漢字にするならどんな字だ、と我々日本のメディアに聞いてくるのである。
ウォーミングアップでボールを手に持ってのパス回しをする日本チーム
今回僕が中国の記者に聞かれたのは、宮間「あや」と近賀「ゆかり」の漢字についてだった。
しかし聞かれたこちらとしても、なんとも返答に困ってしまう。ひらがなはひらがなであって、漢字に変えるものではないのだ。この2人の選手の御両親にしても、考えるところあって娘の名前をあえてひらがなにしたはずなのだ。それを第三者のこちらが勝手に「彩」だの「由香里」だのと決めつけて教えるわけにもいかない。だから中国人記者には、2人の名前の発音だけローマ字で「AYA」「YUKARI」と書いて渡しておいた。
でもあとから考えると、どうも気になる。我々が
「これは漢字にするようなものじゃないから」
と発音だけ教えたところで、どうせ中国人記者は音が同じ漢字を適当に選んで記事中で使うのだ。だったらいっそのこと、本人に希望の漢字を聞いておいた方がいいんじゃないか。そう思って4日の準決勝前日練習のあと、宮間と近賀の2人に相手の中国への対策やどんなプレーを心掛けたいかなどマジメな質問をした最後に、さらっと(大事な試合の前日にこんな間の抜けたこと言うのは、やっぱり気が引けるのですよ)名前の漢字の件について聞いてみた。
宮間あやの答えはこうだ。
「前に親から聞いたことがあるんですが、漢字を当てるなら『純』のつもりだったって言ってました」
宮間純。へーえ。凝った読ませ方をするわけか。
続いて近賀ゆかり。
「え!? わからないですね……うちの両親もわざわざひらがなで付けてくれたわけですから」
ごもっとも。聞いたこちらが不躾でした。
とりあえずこの回答を、2人の名前の漢字を尋ねてきた中国人記者に今度教えてやることにする。
で、日本の前日練習の内容である。
申し訳ない、書けません。ここまでの大会期間を通して初となる非公開練習を行ったからです。ただ佐々木監督によれば
「今日はかっこつけちゃったね(笑)。見られても全然問題なかったんだけど。たいしたことはしてないです」
と、選手をトレーニングに集中させる意味合いでのものだったようだ。しかし特別な練習を行わなかったからといって、中国に対する戦い方が見つからなかったわけではない。敵の高さや強さになら、オーストラリア戦向けに練習してきたものが応用できる。むしろ今の中国相手であればあれこれ対策を講じるより、主導権を握ってこれまで積み上げてきた日本のパスサッカーを積極的に仕掛ける、それが唯一にして最高の戦法だと監督も踏んでいる様子だ。
「中国は東アジア選手権以降、チームが若返りました。その分パワーと元気はあるみたいだけど、全体のバランスが悪くて安定感がない。日本が現時点の中国に負けるようではだめだ、そう自分にプレッシャーをかけてます」
その通りだと思う。タイ戦ではパスが繋がり出すなど良化の兆しを見せていた中国だったが、レベルの高い北朝鮮とのグループリーグ最終戦では手も足も出なかった。攻撃にしても守備にしても、格上相手にこう戦うというテーマが何も見えなかったのだから当然の結果だ。やはり今はアジアの3強である北朝鮮、オーストラリア、日本より一段落ちる存在というのが順当な見方ではないか。にもかかわらず、北朝鮮戦後の会見で中国のシャン監督が
「今日の我々のパフォーマンスはとてもよかった」
と語っていたのには首をひねらざるを得なかった。4日は準決勝前日ということで日中にAFC主催の共同監督会見が開かれたのだが、その席でも彼はここまでの女子アジア杯を
「中国、北朝鮮、日本、オーストラリア、そして韓国も加えていいと思うが、この5カ国はいずれも遜色なく、現在のアジアの女子サッカーをリードしている」
と、なんのためらいもなく振り返り、さらに
「中国のサッカーは正しい方向に向かっている」
と断言してみせた。韓国の実力がもはや中国と肩を並べかけているのは事実だ。しかし自分達がまだアジアの最強グループに属していると考えるのは、少々楽観的過ぎやしないか。
要するにこの人は中国女子サッカーの現在について、何の危機感も持っていないのだ。女子W杯と五輪での準優勝や女子アジア杯7連覇という過去の栄光(これはもちろん評価に値するけれど)にひたりながら生きていて、頭の中のサッカー時計が停止してしまっているかのようである。だから今大会の中国が大人数のスカウティング班--その中にはヨーロッパから招いた白人スタッフも含まれる--を動員して他チームの試合を分析したところで、それが自国の戦い方に反映されてこないのだ。そして世界の女子サッカーの潮流に無関心だからこそ、未だに大時代的なスタイルを改める必要性を感じていないのだ。
だが中国というチーム、サッカーに負けながら試合に勝つことが往々にしてある。前回女子アジア杯の準決勝北朝鮮戦、決勝オーストラリア戦、07年女子W杯グループリーグのデンマーク戦などがそうだった。日本がそうした展開にハマることだけは注意したい。
中国女子代表の英語の愛称は、赤いユニフォームにちなんで「スティール・ローゼズ」という。「鉄」の「バラ」である。ぶたれたらいかにも痛そうだ。
そんな相手にただ勝つだけでは充分でない。鉄のバラのとげをたおやかに、そして華麗にかいくぐって、なでしこジャパンには美しい勝利の花--これぞ日本というサッカーを披露しての完勝--を咲かせてもらいたい。
柄にもなく小ぎれいに締めくくってしまいました。




