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鉄のバラ、修正力不足の日本を叩きのめす

2008年6月06日

<女子アジア杯:日本1-3中国>◇5日◇準決勝◇ベトナム・ホーチミン

 ひょっとすると、と恐れていた悪い予感が当たってしまった。日本は中国戦でサッカーに勝ちながら試合に敗れたのである。

sc-nadeshiko-080606-02.jpgピッチ上に整列した日本(左、青)、中国両チーム

 立ち上がり、中国は日本に猛プレッシャーをかけてきた。おかげで日本選手はボールが足につかない。トラップミスやパスミスを連発して簡単に相手に奪われ、押し込まれてしまう。しかしこれは中国が日本と対戦する際の常套手段だ。その上攻撃も単調で放り込みや遠目からのシュートが中心だから、池田が

「失点さえしなければ日本の流れは来ると思っていました」

 と試合後に語ったように選手達に焦りはなかった。事実、前半20分あたりから中国の足が止まり始めると、ペースは日本に傾く。プレスの甘くなった中盤でポストプレー、長短のパス、ドリブルを巧みに織り交ぜて完全に日本がボールを支配した。ただシュートはミドルレンジからが主体で、それも力がないか枠を大きく外れるものばかり。ゴール前で崩しきれたのは38分の大野の右クロスをニアに走りこんだ永里が頭で合わせた場面と、44分に中国ゴール正面の密集地帯を永里とのワンツーで沢が抜け出しながら相手GKの果敢な飛び出しで防がれたシーンぐらいのものだった。

 ただ日本のこの勢いは、ハーフタイムを挟んでも途切れることはなかった。そんな中、後半開始早々の48分に沢がペナルティーボックス右を縦にドリブル突破し、ゴールライン前の角度のないところから正確なシュートを決める。押しに押していた日本に待望の先制点が生まれた瞬間だった。

 沢のゴールの後も、ボールを支配していたのは日本だった。その時間帯の中には宮間の蹴ったコーナーキックが直接逆サイドのゴールポストを叩きながらマウスの中へは入らなかったり、ゴール前左にいてフリーでパスを受けた大野のシュートが相手GKに弾かれてしまうといった惜しい場面もあった。

 佐々木監督や選手の誰もが悔やんだことだが、前半20分前後からこのあたりまでの試合の流れが自分達のものであった時に、ひとつひとつの決定機を確実に決めきれなかったことが後々大きく響くことになった。

 前半同様、ゲームの潮目が変わったのはハーフが始まって20分するかしないかの頃だった。攻め疲れた日本の足が止まり、今度は逆に中国が主導権を握り返す。57分に投入されていた右サイドのツァン・インやFWのハン・ドゥアンが日本の左サイドを再三突破し始めたのだった。左DFの柳田は本来アタッカーであり、その攻撃力を買われて起用されている選手。1対1の守備の応対はまだ完璧ではない。佐々木ジャパンの最終ラインの守り方の基本はゴール近くで待ち構えてはね返すというより、チーム全体のラインを高めに保った上で、DFはまず侵入してきた敵の攻撃を遅らせる。そこをサイドハーフやボランチが挟み込んで後ろから奪い取るという方法を採っている。相手ゴールにより近い位置で自分達のボールにできるし、敵が背の高さを利してゴールを決める確率を低くできるからだ。つまりオリンピックで対戦する欧米諸国を意識した戦術である。

 だが流れが再び中国に行ってからの時間帯では、この連携が取れていなかった。1対1をDFが止めきれない上に、サイドMFやボランチのサポートも途絶えてしまった。

 となると相手はかさにかかって日本の左サイドを突いてくる。同点ゴールが生まれたのは63分、右からのクロスがゴール前の混戦を招き、その3分前に投入されたばかりのMFワン・ダンダンが日本ゴールに押し込んだのだった。

 この日は多くの中国系ベトナム人が詰め掛けていたこともあり、スタンドは大歓声に包まれた。スタジアムの雰囲気に押され、中国は精神的にも完全に立ち直った。

sc-nadeshiko-080606-01.jpg試合前、中国チームに声援を送る中国系ベトナム人観衆

 韓国戦でもそうだったのだが、今大会での日本は相手が点を取って調子づくと、その悪い流れを断ち切ることができなくなる。

 佐々木監督は左サイドの守備の手当てをしようと67分、柳田に替えて宇津木を入れた。しかし彼女はゲームに馴染みきる前に、大きなミスを犯してしまう。相手のドリブルに簡単に飛び込んで行き、一発でかわされて完全に裏を取られてしまったのだ。そこから中央へクロスが入り、待ち構えていたワン・ダンダンがまたしてもゴールを決める。

 とどめは75分だった。日本の左サイド(またしても!)からの高いクロスがGK福元の頭上を越えて反対側のゴールポストに当たり、そのはね返りをハン・ドゥアンが押し込んで3点目。

 日本も何とか中国のDFラインの裏を突いて崩そうとするのだが、そこは中国も東アジア選手権での教訓を生かして応対してきた。日本がボールを持つとすかさずラインを下げて、すり抜けられるスペースを消してきたのだ。

 あとはもう、フレッシュなアタッカーを次々に入れての切り崩ししかない。日本は永里に替えて丸山を、大野に替えて北本を送り出すが、ベンチからの指示はゴール前に早め早めのクロスを放り込んでのパワープレー。しかし中国のDFには、日本ボールになるとラインを下げるという意思統一ができている。しかも長身選手ぞろいだ。その上、丸山も北本もヘディングの強い選手ではないからハイクロスでは効果は薄い。ようやくのことでセカンドボールが日本に渡っても、特に丸山などはドリブルに固執しすぎ、しかもそのドリブルをことごとく相手に止められてわざわざ中国にボールをプレゼントしていた。このあたり、途中出場からでも攻撃のアクセントとなりうる選手が荒川(この日は安藤がけがで欠場したため先発出場)しかいない日本FW陣の層の薄さを感じさせた。

 沢は振り返る。

 「(ベンチの指示はパワープレーだったけれど)背の高い選手が引いて守っている場所に蹴りこむよりは、逆にバイタルエリアで足元のパスを使う手があったかもしれないですね。流れが悪い時に立て続けに失点してしまうことに関しても『クリアは大きく蹴ろう』とか、もっとみんなで声を掛け合えればよかった」

sc-nadeshiko-080606-03.jpg試合終了のホイッスルを聞いた直後、頭を抱える沢穂希

 オーストラリア戦では選手自身によるゲーム中の修正力を発揮したなでしこジャパンだが、中国戦では逆にその力の不足が露呈してしまった形だ。

 こうして中国戦を振り返りながら、ようやく気付いた。冒頭で日本はサッカーに勝ちながら試合に敗れたと書いたけれど、ボール支配率の高さや決定機の多さだけを根拠に「内容では勝っていた」と抗弁しても、やはりそれは言い訳にしか過ぎない。日本は勝負どころを逃し続け、対する中国は勝負どころをことごとく決めて見せた。だとしたら、日本はサッカーでも完敗したのだ。そこは虚心坦懐に受け止めざるを得ない。

 さらにもうひとつ、考えを改めなければならないことがある。中国のシャン監督は、決して過去の自分の栄光にひたって生きている人ではなかった。サッカー時計が止まっている人でもなかった。日本のサッカーを充分に研究し、適切な手を打ち、チームを勝利に導いた。そうして勝ってなお、試合後の会見で

 「日本は素晴らしいテクニックとコンビネーションを持っている。多くの時間で我々は日本に攻め込まれた」

 と敗者を称えることを忘れず、北京五輪に向けても

 「中盤のバランスや守備組織といった我々のウィークポイントを克服し、オリンピックではいいパフォーマンスを見せたい」

 と現実を冷静に見据えていた。

 これはもう素直に自分の見立て違いを認め、シャン監督に脱帽するしかない。なでしこジャパンにとってはもちろんそうだろうが、僕にとってもスティール・ローゼズ(「鉄のバラ」の意。中国女子代表の英語での愛称)から鋭い棘のひと刺しを食らった一戦だった。

 中国には叩きのめされた。しかし女子アジア杯の試合はまだひとつ残っている。3位の座を争うオーストラリア戦である。以前にも書いたが決勝で北朝鮮と当たることも悪くはないけれど、またマチルダスと当たれることは非常に貴重だ。ことによると決勝進出以上の価値がある。日本が北京五輪のグループリーグで対戦する国はアメリカ、ノルウェー、ニュージーランド。すべて白人主体の大柄なチームである。その同系チームと対戦できる機会は多ければ多いほどいい。

 準決勝での敗退、しかもチーム再構築途上の中国に星を落としたというショックを引きずらず、ひとつの大会でオーストラリアと2度も対戦できることを北京五輪に向けての天の配剤と受け止め、明確なテーマ設定を持って次戦に臨みたい。

河崎三行コラム『五輪の花へ!なでしこジャパン』

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河崎 三行(かわさき・さんぎょう)

 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。




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