ベレーザの変わらぬ理念がなでしこに結実
2008年6月30日
ヘタクソ、という言葉がいったい何度出てきただろう。
6月29日のなでしこリーグ・ベレーザ-伊賀戦後、ベレーザの松田岳夫監督が終わったばかりの試合を振り返っていた時だった。
「ベレーザは中盤の真ん中に3人の選手を配していて、伊賀の中盤よりも1人多い。にもかかわらず、攻撃リズムの変化をつけながら決定機を作り出すことができませんでしたね。あのへんがヘタクソなところです」。
「ゲームはうちが支配しているのに、DFやMFの両サイドが積極的に仕掛けてボールを引き出そうという動きが少なすぎました。だから相手を崩しきれない。まだまだヘタクソですね」。
などなど。今日の出来に満足、選手はよくやったというたぐいの言葉はついぞ聞かれなかった。
負けたわけではない。3-1で勝利を収め、リーグ首位をがっちりキープした試合の後である。90分を通して主導権はベレーザが握っていた。降り続いていた雨の影響がなければ、点差はもっと開いていただろう。だが松田監督にとってそんなことは関係ない。問題なのは、やるべきことがやれていたかどうか。
ベレーザの先発メンバーの顔ぶれは毎試合、猫の目のように変わる。その時々で最も調子のよい者が起用されるという状況が、すべての所属選手に絶えず競争意識とモチベーションを持たせている。なでしこジャパンのレギュラーであっても先発は保証されず、ベンチに座らされることも珍しくないのだ(そんな出場競争の厳しさが、選手の代表でのパフォーマンスを不安定にする遠因になることさえ時にある)。
また選手のプレーの幅を広げるためだと考えれば、コンバートも辞さない。本来FWである永里亜紗乃を今季はパスコースの見つけ方、作り方を学ばせつつ試合経験も積ませるために右サイドバックで起用していたし、昨年までトップ下が不動のポジションだった澤穂希を中盤の底に動かした。これは今年から代表での澤のポジションが変わったためでも守備の意識を身につけさせるためでもなく、監督の意図としては彼女の前に飛び出していく感覚をより磨くためなのだという。
現状維持を許さず、常にチームをより強くしよう、選手の能力を少しでも高めようという松田監督の指導姿勢は、もちろん彼の個人的資質によるものだ。だが日本女子サッカーの牽引車たらんとするベレーザというクラブ自体のカラーの影響も、決して無視することはできない。
現在は愛称が「なでしこリーグ」となった日本女子サッカーリーグは、1989年に誕生した。ベレーザはその初年度から参加し、常に強豪であり続けている唯一のクラブである。昨年までで10回というリーグ優勝回数は他の追随を許さないものだ。しかしそれよりもベレーザで特筆すべきなのは、早くから選手育成に力を入れていた点である。
バブル期、日本女子サッカーリーグにはスポンサーの資金力をバックにセミプロ化し、全国から優秀な選手を集めるだけでなく海外からも一流プレーヤーを招いて強化したチームが多かった。もちろん効果はてきめんで、瞬間最大風速的に1年だけ、あるいは数年だけリーグ制覇することもできた。だがそういったところはバブル崩壊とともにスポンサーが撤退すると、一気に弱体化するかあるいはチームそのものが消滅してしまったのである。
ベレーザは違った。時流に流されることなくずっと自前で選手を育て、チームの中心に据え続けた。育成組織、特に女子のそれの維持は経費やスタッフ確保などの面で負担が大きい。途中、クラブ経営が楽ではなかった時期もあった。競技の人気度を考えると、経営母体が女子サッカー部門そのものを切り捨てる選択肢もあったはずだ。しかしクラブは、下部組織から育てた選手で構成される女子チームを持つという基本方針は決して崩さなかったのである。
その結果ベレーザは昔も今も常勝集団であり続け、日本で最も優れた女子選手がベレーザやその下部組織であるメニーナに集まるという状況を作り出したのである。
先日の女子アジア杯での3位決定戦。日本代表の先発11人のうち、なんと7人がベレーザ所属選手もしくはその下部組織であるメニーナ出身選手だった。
これは偶然でもなんでもない。
ベレーザとその母体である読売サッカークラブ(現在は日本テレビフットボールクラブ)の、理念と継続の勝利の証なのである。




