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なでしこジャパンから山郷の名が消えた…

2008年7月14日

 7月8日、北京五輪に臨むなでしこジャパンのメンバーが発表された。その中に、誰もが当然選ばれるだろうと考えていた選手の名前がなかった。

 山郷のぞみである。

 97年に代表戦デビューを果たし、日本のゴールマウスを守り続けてきた彼女だが、最近は出番を若手の福元に譲る機会が増えている。だがそれでも、チームメイトから絶大な信頼を寄せられる精神的支柱の1人であることに変わりはなかった。その山郷が、五輪で日本のベンチに座ることさえかなわなくなったのだ。

 五輪メンバーの発表会見には、登録選手を代表して池田浩美、安藤梢、沢穂希、荒川恵理子も出席していた。しかし、皆の表情はそろって複雑だった。登壇して初めて、山郷が選に漏れたことを知ったからである。会見場に入るまで4人には他の選出選手の顔ぶれが伏せられていた。それは山郷の代表落ちが4人に動揺を与え、壇上で涙ぐんだり絶句したりしないようにという協会スタッフの気遣いだったのである。

 それでも五輪への抱負を求められた彼女らのコメントは、どこか山郷のことを意識したものにならざるを得なかった。本庄一高サッカー部時代は山郷の1年後輩であり、ともに長く代表の守りを支えてきた磯崎は「選ばれなかった仲間の分もしっかり戦わなくてはいけないなという気持ちが今、胸の中にあります」と絞り出すような声で答えた。なでしこリーグでの所属チームが違いながら、山郷とは互いに誕生日を祝い合う仲の荒川はいつになく神妙な顔で「いろんな人の気持ちを背負って、自分の力を発揮できるように頑張りたいと思います」と誓った。

 ここまで山郷の存在感が強いのはなでしこジャパンの誰もが、貪欲なまでの向上心とチームの勝利を第一に考える姿勢を彼女が併せ持っていることを知っているからだ。

 04年初頭、山郷はオフ期間を利用してドイツ・ハンブルガーSV女子チームの練習に参加した。ただ海外の空気を吸いに行ったわけではなく、移籍を目指しての渡独だった。この時は条件が折り合わず希望は叶わなかったが翌05年、アメリカ女子サッカーリーグWPSLのカリフォルニア・ストームへの入団を果たす。当時のストームは現役アメリカ代表や元ブラジル代表などが名を連ねる、アメリカ有数の強豪チームだった。少しでも高いレベルでプレーし、自分を高めたい。その一心で未知の世界に飛び込んでいったのである。アメリカ移籍時には僕も現地で取材した。チームの守備組織を整えるために必要な英語を頭に叩き込み、試合中は味方選手に臆せず指示を飛ばしていた姿を今でも思い出す。

 そして山郷の思考や視線は、己だけに向けられるわけではない。

 彼女ではなく福元が先発GKに起用されることが多くなったのは、06年からのことだ。以来山郷は、実力はありながらメンタルの繊細さが災いして安定したパフォーマンスを発揮できないでいた福元を、陰に日向に励まし続けてきた。もちろん、自身のスタメン出場を諦めたわけでは決してない。腐ることなくそれまで以上に練習に励んだが、福元が正GKでいる間は、すすんでサポート役にも回ったのである。

 そして国際大会で思うような結果が出せず代表チーム全体の雰囲気が弛緩したり沈んでいたりした時は、選手だけで開いたミーティングの席で「誰よりも試合に出たいのはサブの私たち。だから今試合に出ている先発選手は、もっともっと全力を出し切って」とゲキを飛ばし、レギュラー組の目を覚まさせたりもした。

 今回発表された五輪メンバーは18人。それに加えて、登録選手にけがなどのアクシデントがあった場合はすぐ登録を入れ替えられるよう、各ポジションに1人ずつのバックアップ選手が用意されている。GKのバックアップは山郷だ。

 バックアップメンバーの4人は北京五輪でのベンチ入りはできないものの、7月15日から始まる五輪直前合宿には参加する。しかしトレーニング日程上、この4人は20日をもって合宿を去ることになっている。あらかじめ決まっていた予定とはいえ、特に山郷にとってはなんとも残酷なスケジュールとなった。

 「それでも」

 と言うのは、山郷や池田と同じ時期に代表入りし、今までチームメイトとして長い年月を過ごしてきた加藤與惠である。

 「つらい素振りなんかまったく見せずに明るい顔で合宿に来ちゃうのが、のんちゃん(山郷の愛称)なんだろうなって思うんです。でもずっと一緒だったから、彼女のいない代表チームっていうのが、想像がつかないんですよね……」。

河崎三行コラム『五輪の花へ!なでしこジャパン』

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河崎 三行(かわさき・さんぎょう)

 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。




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