このページの先頭




サッカー

サッカーメニュー
  1. トップ
  2. 写真ニュース
  3. 日本戦速報
  4. 日程
  5. 結果
  6. コラム
  7. 日本代表名鑑
  8. 競技メモ

大舞台でこそ期待したい荒川の勝負強さ

2008年7月20日

 06年にカタールの首都ドーハで行われたアジア大会でのこと。

 なでしこジャパンはグループリーグでタイと戦い、4-0で大勝した。その試合後、先にスタジアムから出てきたタイ選手のほとんどはなぜかすぐバスに乗り込まず、日本チームが出てくるのを待っていた。そしてある日本選手が出てくるや小さな歓声を上げて皆でそこに殺到し、しきりに彼女との握手を求めたのである。

sc-nadeshiko-080720-0301.jpg先発機会が減った今でも、荒川は日本の勝敗の鍵を握る存在だ

 タイ選手達の輪の中央にいたのは、荒川恵理子だった。抜群のスピードと細かいボールタッチを生かした突破力、アジアレベルでは無敵のポストプレーの強さ、そしてあの一度見たら忘れられないアフロヘア。タイの若い選手達にとって、荒川はずっと人気の的だったのである。なんだか女子高で見られる『スポーツが得意な憧れの先輩に群がる下級生軍団の図』みたいで、ちょっと吹き出してしまうような光景だった。とはいえ、タイ選手の気持ちが理解できるほどアジア大会における荒川の動きがキレていたのも事実だ。06年シーズンは所属するベレーザで彼女の先発機会が少なかったのだが、その鬱憤を晴らしているかのような鋭さがあった。

 だがこのトーナメントの決勝となった北朝鮮戦で、荒川は大きなミスを犯してしまう。0-0で迎えた後半72分、彼女は北朝鮮の浅いDFラインの左サイドをドリブル突破し、GKと1対1の状況を作り出す。ゴールへは至近距離、その上シュートコースははっきり見えていた。にもかかわらず荒川は「より正確に決められる場所にいる選手に」と、ゴール正面にいた澤へのパスを選択してしまったのである。しかしこのボールは澤へうまくつながらず、決定的な得点機は水の泡になってしまった。後半はそのまま両者無得点で終了、延長でも決着がつかずPK戦に突入し、北朝鮮が勝利を収めた。なでしこジャパンは史上初のアジア王者となれる絶好の機会を逸したのである。荒川は、自分でゴールを狙わなかったことについて「あれは悔いが残ります」と、今でもくやしがることしきりだ。

 元々彼女、FWながらあまりシュートの得意な選手ではない。なでしこリーグでも観客をどよめかせるような突破を再三見せるかわりに、あとは前に蹴るだけといった簡単なシュートを何度も外したりする。北朝鮮戦でのプレーの選択もそんなイメージが頭の中に残り、<ここで外したら>という弱気の虫が土壇場で顔を出したせいなのかもしれない。

 けれどアジア王者といったレベルなど消えて吹き飛ぶようなぎりぎりの、のるかそるかの正念場となると、逆にここぞというところで決めてしまうから、荒川という選手は弱気なのか図太いのかわからない。

 04年4月のアテネオリンピック出場をかけた北朝鮮戦。荒川は試合前から<この気持ちをどうしたらいいんだろう>と自分で持て余してしまうほどの極度の緊張状態に襲われながら、相手DFのクリアミスを見逃さず値千金の先制ゴールを決めた。

 そして同年8月のアテネオリンピック。グループリーグ初戦で、彼女は強豪のスウェーデン相手に決勝ゴールを挙げる。この試合で得た勝ち点のおかげで、日本は五輪で初のグループリーグ突破を果たした。

 メキシコでの殊勲も忘れられない。07年3月、女子W杯切符をかけたプレーオフ第2戦のことだ。ホームで2-0と勝利して敵地に乗り込んだなでしこジャパンだったが、試合会場となった高地のトルーカは予想以上に空気の薄い街だった。ハーフタイムに吐き気を催す選手も出るほどの過酷な条件の中、日本は1-2と敗れる。しかしアウェーで挙げた1得点がものを言い、合計スコアでメキシコを上回って出場権を手にしたのだった。この貴重な1点を入れたのも、荒川だ。ゴール右前の角度のないところから、ニアサイドの上を狙って豪快に蹴りこんだのである。

 現在の佐々木監督となってから、荒川が先発で出場する機会は減った。代わりに相手が疲れた時間帯を見計らって途中投入され、スピードを生かしてチャンスを作り出す役割が与えられている。

 が、日本にとって貴重な戦力であることは何ら変わりがない。中国で荒川を待っているのは、オリンピックという大舞台だ。<また何かやってくれるのではないか>そんな予感、いや、確信を抱きながら、8月6日の女子サッカー競技開幕を心待ちにしているのは僕だけではないと思う。

河崎三行コラム『五輪の花へ!なでしこジャパン』

バックナンバー

河崎 三行(かわさき・さんぎょう)

 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。




ここからフッターエリア


nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
(C)2018,Nikkan Sports News.