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岩清水、阪口の成長だけが収穫だった豪戦

2008年7月26日

 やはり、危惧していたことが現実のものとなってしまった。五輪壮行試合第1試合の相手として選んだオーストラリアは、フルメンバーとは程遠かったのである。

 5月から6月にかけて行われた女子アジア杯の時のオーストラリアは主力を半数近く欠いていて、それを大会期間中のこのコラムで「飛車角落ち」と表現した。ところが今回のメンバーはその時からさらに180センチ超の身長がある主将のソールズベリ(女子アジア杯で骨折)、08年度アジア最優秀選手候補のマッカラム(所属するアメリカのクラブチームの重要な試合とバッティング)を欠いている。言うなれば「飛車角金銀落ち」のメンバーで来日したわけだ。

 その上、彼女達は北京五輪への出場を逃して身近な目標がないにもかかわらず、ほぼ同じ顔ぶれで3月から来日直前まで16回もの国際試合をこなしている。モチベーションと疲労のバイオリズムは底にあると言っていい。さらには南半球の真冬の国から真夏の蒸し暑い日本にやって来ていることも忘れてはならない。

sc-nadeshiko-080726-0301.jpg 試合後に整列した両チーム。オーストラリア選手の疲労困憊ぶりがわかる。

 そのような敵との親善試合で勝ったとか負けたとか、何ができた、あの選手が使える目途が立ったとか騒いでもほとんど意味がない。相手の動きを限定したフォーメーション練習をしていたようなものなのだから。

 グループリーグでの連戦でどれほど疲れるかという日程的、体力的シミュレーションはできたかもしれないけれど、結局、神戸でのオーストラリア戦はなでしこジャパンの五輪に向けての仕上がり具合を図る物差しにはなり得なかった。もちろん格下とのスパーリングで練習の成果をおさらいし、好き放題やって気分良く本番を迎えるという考え方もある。だがそれにしては決定機でのシュートミスが目立ってモヤモヤが残った。スパーリングとしても成立しなかったわけだ。

 もちろんそれは、佐々木監督や選手たちの責任ではない。万全の形で来日できないことが容易に予想できたオーストラリアを招聘した、協会のマッチメイク担当者にその非はある。

 ただ、いくばくかの光明は見えた。チームの背骨を担う若い二人の選手に。

 まずセンターバックの岩清水。特に前半に多かったのだが、自分でボールを持ち上がって何度もフィードを試みた。以前の代表での彼女は、手応えのない相手に対してもこういったプレーを見せたことがない。

 「前にスペースがありましたから。ボランチに下がってもらってそこへパスするより、私がボールを前に進めたほうが攻めの形としてはいいかなと。ええ、自分で考えてのことです」

 状況判断と積極性の面で、ここへきて新境地を見せ始めている。ついでながらヘアスタイルも変えた。この選手は大きな国際大会の前になると髪型をいじる癖(?)がある。

 そして阪口。オーストラリア戦での彼女はよく味方からボールを引き出し、攻撃の起点となっていた。時には前線にまで上がってゴールも狙った。しかしそれは佐々木監督も試合後語ったように

 「相手のプレッシャーが甘かったので彼女の持ち味が存分に出せた」

 に過ぎない。むしろ評価したいのは、守備に回った時のボディーコンタクトやスライディングタックルなど、体を張ることを厭わなくなったことだ。彼女とボランチコンビを組む沢は元々アタッカーでありながら、ディフェンス時でも進んで汚れ役となれる選手である。その上阪口までがしっかりボールを奪えるようになれば、懸案だった中盤中央の守備がぐっと堅くなる。これは阪口自身も意識しての変身のようだ。

 「これまでは軽いプレーをしてよく怒られてたので。『体を張るようになった』っていうのは、最近周りからもよく言われるんです」

 と試合後、照れつつもうれしそうな顔をした。

 ただ繰り返すが、今回オーストラリアと戦った結果と内容を元に「なでしこジャパンの仕上がり順調」だとか「メダルが見えた」などと騒ぐのは早計に過ぎる。

 五輪前のイケイケムードに乗って楽観的な見通しを立てる権利を持っているのは、お茶の間やスタジアムで応援を送るスポーツファンだけなのだ。国威発揚の道具でもあるまいし、メディアの側にいる人間が無責任にはしゃぐことは厳に慎むべきだと思う。

 『判断保留』

 スポーツライターの端くれとして、僕が現時点でのなでしこについて下せる結論は、これが精一杯だ。

河崎三行コラム『五輪の花へ!なでしこジャパン』

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河崎 三行(かわさき・さんぎょう)

 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。




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