「ピッチの違いを乗り越えられなかった日本」
2008年8月10日
<北京五輪・サッカー:米国1-0日本>◇9日◇女子1次リーグG組
「予言者」こと、オーストラリア女子代表監督のセルマンニ氏からメールが来た。
オリンピック前に日本がニュージーランドに苦戦すると予想した彼は今、天津で豪州男子五輪代表のためにスカウティングを行っている。そのセルマンニ氏になでしこのニュージーランド戦後、「あなたの予想通り、日本はやっとのことで初戦を引き分けました」とメールを出したら、昨日返事が届いていたのだ。落胆している日本人スポーツライターを慰めるためか、なでしこジャパンがアメリカと戦うに当たって彼はこんなことを書いていた。
「オリンピック前、神戸で我々相手にやった試合(注・オリンピック壮行試合の対オーストラリア戦のこと)のようにプレーできれば、日本が勝つチャンスはあるよ」
素早く複数の選手でプレッシャーをかけてボールを奪い、テンポのいい流動的なパス回しで相手ゴールまで迫る--そんな持ち味を生かせれば希望はあるというのだ。
そして今日行われた、日本のグループリーグ第2戦。
結局雨は降らなかった。太陽が雲で遮られた分、気温も26度とここ数日の中で最も過ごしやすい気候となった。運動量が身上の日本にとって絶好のコンディションだ。
日本は7月のオーストラリア戦のようにプレーできたか?
御存知のとおり、できなかった。
開始当初は監督の指示もあり、相手の前への圧力を押しとどめるため長いボールを意図的に裏のスペースに蹴りこんでいた。これは折り込み済みの展開だ。しかしある程度試合を落ち着かせた後は、当然なでしこ本来のスタイルで戦いを挑む予定だったはず。
それがいつまで経っても、『人もボールも動くサッカー』にならない。いや、選手達にやろうという意志は見えた。しかしトラップが足元に収まらず、パスはぶれ、ドリブルもタッチミスでひっかかってしまう。日本の選手達がイメージした崩しが完成する前にボールが相手に渡り、攻撃がノッキングを起こしてしまうのだ。そして攻守交替から一気にカウンターを食らって決定的なピンチを迎える。この繰り返しだった。
なぜボールがつながらなかったのか。結局この秦皇島での2戦を通じて、日本選手が最後までピッチの芝の深さに適応し切れなかったことに尽きるのではないだろうか。
日本で慣れ親しんだピッチよりも、蹴ったボールの勢いは殺され、トラップは足元に入り、芝の抵抗が強まってドリブルやキックの感覚が変わる。その状況と自分の技術との折り合いを素早くつけるのもサッカー選手の能力のひとつだ。その能力が、残念ながら日本の選手には足りなかった。例えばいつもよりしっかり足を振って強く蹴る、いつもよりパスの距離を長めに取る、細かいタッチで相手の逆を取るよりスピードの変化で抜くことを心掛ける--もちろんそんなことは本人達にとっては百も承知のことで実際やってもいたのだろうが、残念ながらそれは見ている側に伝わってこなかった。
サッカーそのものの質、あるいは選手個々の身体能力の差でアメリカに圧倒されて負けたのならまだあきらめもつく。しかし原因はほとんど自滅に近かっただけに、なんともやりきれないモヤモヤが鉛のように気持ちの底に沈んでいる。
秦皇島のスタジアムのピッチは、決して日本のそれに比べて「悪かった」わけではない。ただ「違っていた」だけなのだ。
直面した違いを受け入れ、乗り越えて、日本のパスサッカーを披露できるだけのタフさやしなやかさに、なでしこジャパンは欠けた。試合結果や勝ち点の多寡より、そのことがいかにも残念だ。
グループリーグ最終戦は舞台を上海に変えて行われる。もちろんそこでは、秦皇島とはまた違ったピッチが待っている。




