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ただサッカーに憑かれた者として

2008年8月18日

 ようやく今日から、北京に腰を落ち着けることができた。

 中国での移動移動の毎日は、体力よりも神経の方が磨り減った。

 使えるはずのホテルのインターネット回線が使えなかったり。

 鉄道の切符を一人分買ったら3枚渡されたので「乗車券と特急券と、あと何かプラスアルファの券なのかなあ」と思っていたら、ただ単に3人分売りつけられていただけだったり。

 ホテルのチェックアウト時に想像より高く請求されたのでレシートを見たら、ある1日で二重に部屋代を請求されていたり。

 空港のチケットカウンターの係員に、およそ接客業とは思えない口の利き方をされてカチンときたり。

 街を変わるごと、何か精算をするごとにげんなりするようなことが起こる。日本での常識をそのまま外国に持ち込んで比較しても意味はないとはわかっていても、やはり心の中の違和感は消せない。精神衛生上よろしくないことが重なると、体にもこたえてくる。

 やっとその苦痛から開放されたのだ。あとは帰国まで、この中国の首都に居座ることになる。曲がりなりにも北京五輪の取材に来ているのに、大会11日目にしてようやく北京で床に就くとは。とはいえ、ここでも何が起こるかわからないが。

 今日は上海から移動してきて早々、宿(手元不如意のため、ユースホステルである)にチェックインするのもあと回しにして街の中心部に向かった。買い物や観光ではない。昨日も触れた中国一のスポーツ紙『タイタンスポーツ』のオフィスを訪ねるためだ。例の日本語が堪能な女性記者に招待され、まあ社内見学のようなことをやってきたわけです。

 社屋や社内の様子は、日本の地方紙の本社にも遠く及ばない規模と設備。中国はスポーツ新聞の歴史が浅く、最古参のタイタンでも今年でやっと創立20周年。社長はまだ40代の若さで、部長クラスだと30代。経営母体は新聞だけでなく総合スポーツ誌やサッカー週刊誌、さらにはゴルフ雑誌やアウトドア誌まで発行している。

 そのぐらいのことでは別に驚きもしない。けれど社員食堂で御相伴に与ったメシの味には唸った。ブッフェ形式で各人が好きなおかずやスープや麺や肉まんやご飯を取っていくのだが、そのどれもが豪華ではないけれどきちんと作られたおいしい中華惣菜になっているのだ。本場の底力を見た思い。タイタンの記者は長く海外取材に出ていると、この社員食堂の味が恋しくなるのだそうだ。

 ひと通り社内を回っていると、なにか向うの方がざわざわしている。競泳女子バタフライ200メートルで金メダルを取ったばかりの劉子歌が、タイタンのインタビューを受けるため社にやって来たのだという。世界新を出して優勝したヒロインのところまで出向くのではなく逆に呼びつけるとは、なかなか中国スポーツ界での覚えもめでたいようだ。

 社を出る前に17日付のタイタンをもらい、中に書かれた記事について記者と少々雑談。中国女子代表が北京五輪で残した成果については、近日中にサッカー協会の総括が行われる。シャン監督は辞任し、今回の代表チームも一度バラされるだろうとのこと。いつものごとく継続性のないスクラップ&ビルドがまた行われるわけである。

 「それでも有望な若手がいるし、またすぐ強いチームができますよ」

 僕がお世辞半分にいうと、相手は首を振った。

 「今、中国の女子サッカーはピラミッドの底辺層が非常に薄いのです。親は女の子にサッカーをやらせたがりません。強い中国代表が復活するには時間がかかると思います」

 これには少し説明が必要だろう。女の子には男がやるスポーツであるサッカーなどやらせたくない、親は女の子に女性らしいスポーツを勧めるという意味ではないのである。

 中国では日本以上に学歴がモノを言うから、親はまず自分の子供に学校の勉強でいい成績を取ることを望む。より評価の高い学校へ進学することが第一。当然、塾へもやる。だからまず、子供がスポーツをやることに理解を示す親が少ない。

 一方、学校の勉強は得意でないが別の分野、例えばスポーツや音楽などに優れた才能を持つ子供もいる。親が我が子にそのような天賦を見出すと今度はそれに特化した英才教育機関に入れ、国を代表するような存在にさせようとする。一般社会人では得られないような収入が政府や各組織・団体から保証されるからである。

 立身出世のツール。

 スポーツをやらせる場合も、根は進学熱と同じところにあるわけだ。

 しかしそのような親の間でさえ、選択肢の中に女子サッカーが含まれることは少ない。

 クラブレベルの女子サッカー人気は長く低迷している。代表チームはまだそこそこに注目を集めるが、かつての国際的な強さはない。だったらもっと有望な道を、と他競技をやらせる。昨今のこの傾向の結果、幼・少女層の女子サッカー人口がどんどん減ってきているのだという。

 ピラミッドの底辺層が充分な広がりを持っていないのは、日本の女子サッカーでも同じだ。

 しかし決定的に違うことがある。日本の少女選手は純粋に楽しみでサッカーをやっているのだ。そしてその楽しみを知る少女は、わずかずつではあるが増え続けている。

 家から遠いクラブへ通わなければならなくても、少年チームの紅一点でプレーしなければならなくても、サッカーが好き、その気持ちですべてを乗り越えてしまう。

 かといって本人も親も、将来設計と結び付けてはいない。もちろん「いつかはなでしこジャパンの選手に」ぐらいは考えているかもしれない。しかしそれは競技者としての頂点に立ちたいという欲求だ。第一、代表入りできたところで、国やサッカー協会が生活を保証してくれるわけではない。国際大会で代表として好成績を収めた時のボーナスにしても、たかが知れた額だ。なでしこリーグのチームによってはプロとして選手と契約を結べる場合もあるが、巨万の富を築けるわけではない。生活の心配をせずにサッカーに打ち込める、といったレベルである。

 北京五輪に出場しているなでしこジャパンの選手も、ただただボールを蹴るのが大好きだったサッカー少女が大人になった姿にほかならない。ある者は自分のクラブの広告塔となり、ある者は所属企業で真珠のアクセサリーを作り、ある者は地元の子供達にサッカーを教え、ある者は学業のかたわら居酒屋でアルバイトをし、ある者はスーパーでレジ打ちをしながら、その代償として好きなサッカーに打ち込める環境を手にしている。

 日本女子代表が今日、メダルをかけて準決勝を戦う。

 FIFA世界ランク1位である相手のアメリカは、代表チーム単位で1年中合宿生活を送っているプロ集団。大学にはスポーツ奨学金で進学し、花形女子競技のスターとして日の当たる道を歩んできたプレーヤーの、そのまた選りすぐりを集めたチームである。

 そんな相手になでしこジャパンは、本気で勝つつもりでいる。グループリーグでの敗北の雪辱を期している。

 ただサッカーに憑かれた者として、負けられぬ意地があるからだ。

河崎三行コラム『五輪の花へ!なでしこジャパン』

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河崎 三行(かわさき・さんぎょう)

 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。




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