興梠が日本の救世主の座を継承

- 軽快な動きでメニューをこなすFW興梠(撮影・栗山尚久)
U-22(22歳以下)日本代表FW興梠(こうろき)慎三(21=鹿島)が「日本の救世主の座」を継承する。17日の北京五輪アジア最終予選ベトナム戦に向けた代表メンバーが9日、発表された。C組2位で大量得点が必要となる一戦にFWは異例の5人選出。興梠はJ得点率トップの看板を引っ提げ、最終予選に初招集された。速さと野性的なキャラは、過去の日本の救世主のタイプと合致、窮地にいるチームを救う。FWカレン・ロバート(22=磐田)MF梅崎司(20=大分)も同予選初招集となった。
興梠が日本を救う。この日、強化担当から最終予選初招集の吉報を知ったが、心は揺れなかった。「ビックリはしなかった。これからでしょう。でも流れが来てますね。やってやりますよ。決勝点決めたら新聞の1面ですか? いいですね」。呼ばれただけで、何も成し遂げていない。それを自覚した上で成功後のイメージを膨らませた。
97年W杯最終予選のFW岡野、04年アテネ五輪最終予選のFW大久保、05年W杯最終予選のFW大黒と、日本のサッカー史に名を刻んだ救世主たち。スピードが突出し、型破りのキャラクターを持っていた。最終予選終盤まで目立った成績も挙げず、直前の好調ぶりが買われ、大抜てきの末に日本の窮地を救ってきた。
興梠にも救世主の条件がそろっている。鹿島トップのスピードを誇る一方で、「番長」と呼ばれることもあるほど地元宮崎にいたころはヤンチャだった。反町ジャパン発足以降、出場は1試合だけだが、リーグ戦で90分当たりの得点率は1・076とJ1トップ。6月の2次予選マレーシア戦後に代表から遠ざかり、「救世主になりたい」が、最終予選のころから口癖になっていた。思いを実現させる好機が最高の運気とともに巡ってきた。
最終予選でチームは消極的なプレーが目立ち、2位に甘んじている。「自分のプレーを出せないのが一番嫌。全部を出していく」。強気でなければ危機を乗り切れないことを、興梠は知っている。【広重竜太郎】
[2007年11月10日9時5分 紙面から]
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