アテネ~北京、北島連覇への歩み

- 金メダルを胸に花束を掲げる100メートル平泳ぎ2連覇の北島(共同)
北島康介のアテネの2冠からの4年間の歩みをまとめた。
◆2008年8月10日 北京五輪100メートル準決勝、59秒55で全体2位で決勝進出を決めた。「準決勝だし、まあまあの泳ぎ。ただ59秒台前半を出したかった。(決勝は)勝つことを頭に入れてレースしたい」。
◆2008年8月9日 北京五輪100メートル予選、59秒52で全体の2位で準決勝進出を決める。
◆2008年7月27日 国家水泳センターの本番プールで約2時間の練習。
◆2008年7月3日 五輪米国代表選考会でハンセンが200メートルで2分11秒37の平凡なタイムで4位に終わり、2位までに与えられる北京五輪出場権を逃す。
◆2008年6月8日 ジャパンオープン男子200メートル平泳ぎで2分7秒51のタイムで優勝。ハンセン(米国)が06年8月に出した世界記録を、一気に0秒99も縮めた。英スピード社の最新水着レーザー・レーサー(LZR)を着用し、世界で初めて2分7秒台に突入した。
◆2008年6月6日 ジャパンオープン100メートルで59秒44と、自身の記録を3年ぶりに更新。ハンセン(米国)を抜き、今季世界ランク1位に。
◆2008年4月16日 日本選手権100メートルで優勝し、3大会連続の五輪出場を決めた。19日には200メートルで今季世界最高の2分8秒84のタイムで優勝した。
◆2007年8月21日 世界競泳100メートルで、59秒74で優勝した。22日の200メートルも2分10秒02で制した。
◆2007年8月3日 左足内転筋肉離れのため、3日に出発した日本代表の韓国・済州島合宿への参加を取りやめた。7月21日に平泳ぎの練習中に左足に違和感を覚え、MRI(磁気共鳴画像装置)検査の結果、全治3週間と診断された。
◆2007年6月16日 欧州GP第3戦モナコ大会の200メートルで、GP3連勝を果たした。連戦の疲れからタイムは2分13秒08と全3戦で一番悪かった。
◆2007年6月13日 欧州GP第2戦バルセロナ大会の200メートルで、2分12秒82で優勝した。「記録を上げられて良かった。まだまだ行ける」。
◆2007年6月10日 欧州GP第1戦フランス・カネ大会の200メートルで、2分12秒98で優勝した。11日の100メートルも1分1秒10で制した。
◆2007年3月26日 世界選手権100メートルで59秒96をマークしたが、ハンセン(米国)に0秒16差で敗れて2位。五輪後の直接対決で4連敗になった。だが4日後の200メートルではハンセン不在もあり2分9秒80で優勝。
◆2007年3月3日 日本短水路選手権100メートルで58秒34の平凡なタイムながら2年ぶりの優勝を果たした。
◆2006年12月4日 アジア大会100メートル決勝で、1分1秒13をマークして優勝。200メートルも圧勝、400メートルメドレーリレーでも金メダル。
◆2006年12月3日 主要国際大会でアジア勢に初黒星を喫した。50メートルに出場し、28秒38で2位に終わった。体調不良と故障に悩まされた1年を象徴するような結果だった。
◆2006年4月20日 日本選手権200メートルで、終盤に逆転されて2分12秒76の4位に沈んだ。50メートルは2位、100メートルは1分0秒71で優勝した。
◆2006年2月15日 02年8月に負傷した右ひじ痛が再発したため、日本短水路選手権(25、26日・辰巳国際水泳場)を欠場を表明。
◆2005年7月25日 世界選手権(モントリオール)の100メートル決勝で59秒53の日本新記録をマークしたが、ライバルのハンセン(米国)に0秒16差で敗れ銀メダル。
◆2005年6月20日 緊急事態に陥った。米カリフォルニア州のミッションビエホ国際大会で、男子100メートル平泳ぎに出場、1分1秒67の2位。200メートルに続き、今村元気(ムラサキスポーツ)に0秒01差で敗れた。
◆2005年6月19日 米カリフォルニア州のミッションビエホ国際大会3日目で、200メートルで2分13秒75の2位に終わった。優勝の今村元気(ムラサキスポーツ)に0秒63及ばず。
◆2005年5月22日 世界選手権(モントリオール)の代表選手特別記録会、100メートルで1分0秒80を記録して日本選手権の優勝タイムを0秒09縮めた。
◆2005年5月16日 3133万円(推定年収9200万円)を東京・荒川税務署に納め公示された。7月の世界選手権では「プロスイマー」として連続金メダルを狙う。
◆2005年4月21日 水泳日本選手権初戦の男子200メートル平泳ぎでまさかの逆転負けを喫した。調整遅れによるスタミナ不足が響き、優勝した今村元気、2位木村太輔(ともに23)に及ばず2分13秒26の3位。
◆2005年3月10日 都内のホテルで会見し、日本コカ・コーラと所属契約したと発表。同社初の所属選手で、契約期間は4月1日から09年3月末までの4年間。北京五輪までの支援体制が確立され「もっと子供たちに夢と感動を与えられるようになりたい」。
◆2005年2月26日 05年開幕戦となる日本短水路選手権、男子100メートル平泳ぎで、自らの持つ記録を0秒28縮める57秒95の短水路日本新で優勝した。
「久々に楽しい緊張感を味わえた。これで自信がついた」。
◆2004年12月1日 その年の世相を反映した言葉を選ぶ「2004ユーキャン流行語大賞」が発表され、アテネ五輪100メートル平泳ぎを制した時に発した「チョー気持ちいい」が年間大賞に輝いた。
◆2004年8月19日 アテネで2冠を制し一夜明けた会見で「自分にはまだ伸びる要素があると信じている。(今後は)世界記録更新が目標になるでしょうね」。
[2008年8月11日11時47分]
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