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錦織、腹筋肉離れから間に合った

2月17日、デルレービーチ国際で優勝しトロフィーを掲げる錦織(AP)
2月17日、デルレービーチ国際で優勝しトロフィーを掲げる錦織(AP)

 五輪を目前にして、日本テニス界の新星、錦織圭(18=ソニー)が悪夢の途中棄権から完全復調した。6月下旬のウィンブルドン初戦を腹筋の肉離れで途中棄権して以来、ツアー参戦を取りやめ、本拠地の米フロリダでリハビリ兼練習に入ったが、すでにサーブもストロークも全開でこなしており、万全の体調で7日に北京入りする。故郷島根・松江で、約3000円のラケットを手にスタートした夢が「世界チャンピオン」というゴールに向けて、いよいよ本格化する。

 五輪に間に合った。ウィンブルドンでは打つたびに腹筋に激痛が走ったサーブも、すでに全力で打てる。変幻自在のストロークも復調した。コーチ、マネジャーら「チーム錦織」のスタッフは「ベストに近い状態」と、完全復活に太鼓判を押す。故郷・松江から中2で米国に渡ってから、わずか5年。錦織が「小さいころからの夢だった」という舞台がやってくる。

 夢は1本の子ども用ラケットから始まった。父清志さんの3000円程度のハワイ土産を手に、松江で、5歳の錦織はテニス人生を歩みだした。「最初は家の外の壁打ちに始まって、そのうち、ゲートボール場とか広場で練習した」と清志さん。釣りやマージャンを断った父、姉玲奈さんと過ごす週末はテニス一色になった。

 もともと錦織には「王様気質」(清志さん)があった。小さいころの写真は、ほとんど真ん中で写った。トランプは1番になるまでやめない。その性格もあって、テニスはめきめき上達した。「小6の全国選抜で初めて優勝した。それが大きかった」。松岡修造さんの目にとまり、米国への道が広がった。

 米国に渡った錦織は携帯電話をほしがったが、清志さんは与えなかった。「携帯で寂しさを紛らわせるのは嫌だった。お互いに覚悟していましたから」。12月下旬に一時帰国した。英語もしゃべれず、異国の生活で抱え込んだストレスを、両親が1週間かけてほぐしていった。

 松江市立乃木小の卒業文集。錦織は「ぼくの夢」と題して書いた。

 「夢は世界チャンピオンになることです。夢に向かって一歩一歩がんばっていきます」と書いた。五輪出場。そして、世界チャンピオンへとつながっていく。【吉松忠弘】

 [2008年8月4日8時16分 紙面から]


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