田山「リストラ」乗り越え2度目の五輪

- トライアスロン日本チームの先頭で走る田山(左)
千葉県内で強化合宿中の北京五輪トライアスロン男子日本代表の田山寛豪(26=流通経大職)が25日、チームの廃部を乗り越えてのメダル獲得を誓った。昨年12月のエイラート大会で日本人初のW杯優勝を果たしたエースだが、所属するテイケイのトライアスロン部は2カ月前に突然の廃部。後ろ盾を失いながらも周囲の力に助けられ、13位に終わったアテネ五輪の悔しさを2度目の五輪となる北京で晴らす。
「頭の中は真っ白、ドッキリかと思いました」。田山は言った。今だから笑えるが、2カ月前は大変だった。八尾彰一監督(45)から解散を伝えられたのは、4月18日。廃部は20日。考える間もなかった。「何が何だか分からなかった。リストラって、こんな気持ちなのかとも思った」。
健康保険証がなくなり、練習にも身が入らない。「ケガしたら自己負担。怖くて自転車に乗れなかった」。住んでいる賃貸マンションは会社契約から自己契約へ。「新規契約だから25万円必要と言われて…。そんな金ないっす」。W杯優勝で悲願のメダル獲得が見えてきた矢先。「今後への不安が大きかった」という。
テイケイ(旧帝国警備保障)は、90年に日本で初めてトライアスロン部を持った会社。過去の男子五輪代表延べ5人のうち4人を輩出した。HPに「チベットに自由を 北京五輪反対」とあるため、関連もうわさされた。八尾監督は「選手が育って役割を終えたら会社は手を引く、という約束だった」と否定したが、五輪直前だけに異常事態には違いなかった。
所属を失った田山に救いの手を差し伸べたのが母校の流通経大。1カ月後の5月20日、職員として採用された。「失業保険で五輪に出ようと思っていたから、うれしかった」。トライアスロン仲間や関係者からの援助。世話になっている病院からは「医療費はすべて負担する」という申し出もあった。「みんなに支えられていることが分かった。以前より精神的に強くなった。勝ちたくなった」。スイム、バイク、ランの鉄人競技。田山はさらに「リストラ」も乗り越えて、メダルを目指す。【荻島弘一】
[2008年6月26日9時39分 紙面から]
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