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個々の選手が経験積んでチーム成長

2008年5月22日

<女子バレー・北京五輪世界最終予選:日本3-1ドミニカ共和国>◇21日◇東京体育館◇総当たりリーグ戦

 前半の苦しい展開を第3セットでうまく立て直せたのが大きかったと思います。第2セットまでブロックの位置取りや手の閉め方がズレていたのを修正して、ドミニカの武器である強烈なスパイクを封じました。相手がブロックを嫌がってフェイント攻撃に切り替えてきた時も、対応して拾うことができていました。アテネ五輪の時は若いチームでしたが、個々の選手が経験を積み、チームとして成長しています。

 王手をかけて韓国戦。周りからは「ライバル対決」として注目され、相手も目の色を変えてきますが、日本の選手たちはそれほど意識していないものです。どの国が相手でも1勝は1勝ですから。韓国の勢いに押されてしまわないことだけ気をつければ、問題はないと思います。(NEC所属。アトランタ五輪、アテネ五輪代表)

成田郁久美(なりた・いくみ)

 旧姓大懸(おおがけ)。1976年(昭51)1月1日、北海道旭川市生まれ。小学4年生からバレーボールを始め、旭川神居中から名門・旭川実高へ進んだ。1年生からレギュラーで活躍し2年時には高校総体準優勝、3年時の全国選抜大会でも準優勝。また、全日本ユースチーム主将として世界ユース選手権で銀メダルも獲得した。
 高校卒業後の94年にNEC入社。96年アトランタ五輪では最年少の20歳で日本代表入りし、レシーブ専門のリベロとして活躍。98年世界選手権、99年W杯では代表のエースに君臨した。00年6月のシドニー五輪世界最終予選にも出場したが、本大会出場ならず。01年4月、25歳で引退を表明した。
 その後、北海道に戻って球技用ボール製造の「ミカサ」(本社広島市)旭川営業所に入社。北海道協会特別コーチに就任し、中学生指導に力を入れるなど競技普及に尽力した。03年に結婚し、同年秋に久光製薬入りして現役復帰。04年のアテネ五輪世界最終予選から代表にも復帰して本大会出場に貢献した。07年9月にNEC復帰。173センチ。




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