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日本男子も16年ぶりアベック五輪/バレー

第5セット、五輪出場を決めた瞬間、コートに倒れこんだ植田監督
第5セット、五輪出場を決めた瞬間、コートに倒れこんだ植田監督

<男子バレー・北京五輪世界最終予選:日本3-2アルゼンチン>◇7日◇東京体育館◇総当たりリーグ戦

 植田ジャパンが決めた! 16年ぶりの五輪! 世界ランク12位の日本は同6位のアルゼンチンをフルセットの末に3-2で撃破。5勝1敗として8日の最終戦を待たずにアジア1位を確定させ、92年バルセロナ五輪以来4大会ぶりの五輪出場を決めた。植田辰哉監督(43)や選手たちは喜びの涙にくれた。かつて金メダルも獲得した「お家芸」復活をかけ、北京五輪でメダル獲得を目標に挙げた。

 16年分の思いを込めた荻野のスパイクが五輪への壁を砕くと、植田監督がコートに崩れ落ちた。教え子たちは涙、涙の歓喜の輪。会場も涙交じりの大歓声に揺れる。大団円の中で1人だけ、うつぶせで大の字に突っ伏していた。

 整えた髪も、スーツも、顔もくしゃくしゃだ。とめどない涙は、全身全霊をぶつけたコートが受け止めてくれた。最終セットを20-18でもぎ取ってつかんだ北京への切符。「ありがとごじゃました…」。インタビューの声も涙にかすれた。

 歴史の扉は重かった。8カ国中4カ国が五輪へ行ける女子と比べ、大会前から「男子は8分の2。相当に厳しい」と覚悟していたが、11度のマッチポイントを逃した初戦イタリア戦に始まって最後も苦しんだ。あと1セットの2-1から追いつかれ、フルセットまでもつれた。3度もマッチポイントを握られた。それでも最後は頼れる主将が決めた。日本の命運を託して第3セット中盤からコートに入れた、バルセロナでともに戦った男。「荻野が決めたことに因縁深いものを感じる」と胸を熱くした。

 監督に就任した4年前、チームはバラバラだった。見た目ばかりを気にして、食事も不規則、会話もまともにできない。負けて笑う選手さえいた。「まずあいさつをしろ」と私生活から立て直した。大舞台を知らない若者たちへ、荻野と2人で「五輪に行けば人生が変わるぞ」と口酸っぱく言い聞かせ、目標を与えた。今や、植田ジャパンに「茶髪」は1人もいない。「石島も(他の)人が決めた時に『ありがとう』が言えるようになった」と笑った。

 全員が一丸で戦うにはどうすればいいか。16年前に主将を務めた経験も生かした。直前の合宿では誰よりも多く、荻野へ「しごき」を課した。はいつくばって限界まで練習する38歳の姿に、若手は「オレもやらなきゃ」と奮い立った。

 04年11月、正式に代表監督の就任要請を受けて帰宅すると、タバコをケースごとつぶしてゴミ箱に捨てた。かつてヘビースモーカーだった男は以後4年間、1本も口にしていないという。文字通りストイックに、男子バレー復興へ心身をささげてきた。「ハッキリ言いますが、メダルが狙えます」。戦いは北京へと続く。勝利の一服はまだおあずけでも、一丸となったチームと味わう“美酒”は格別のはずだ。【太田尚樹】

[2008年6月8日9時43分 紙面から]

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