「五輪で、だれにでもチャンスがあることを学んだ。それを伝えたい」

- 太田拓弥(当時26) 1996年アトランタ大会・男子レスリングフリースタイル74キロ級銅メダル
- かつてはお家芸だったレスリングで、メダルなしの危機を救ったのが「プレッシャーはない」と豪語する太田だった。母校霞ケ浦高のレスリング部で指導しながらの銅メダルに、インターハイに臨む生徒たちに五輪で学んだことを伝えようという、教師らしい言葉が出た。
※写真はシドニー五輪の日本代表決定戦での太田(左)
- 「がまん、がまん」
- 「日本の短距離の歴史の勝利」
- 「やり切って、やり切って、ここまでだった」
- 「最後は気持ちが強い人間が…」
- 「靴が脱げても脱げなくても」
- 「死ぬだけ行ってみよう」
- 「私の誇りです」
- 「斉藤先生のプレッシャーに比べたら…」
- 「もう1回この場所に…」
- 「色1つ違うだけで…」
- 「これが自分色のメダル」
- 「1本柔道を教えてもらってきた」
- 「オラーッて感じです」
- 「すごいことしたんだなって感じですね」
- 「金以外は…」
- 「オヤジ、泣くなよ」
- 「あと2、3回勝てなければ」
- 「涙の出ようがない」
- 「オリンピックは違うね、全然違う」
- 「今度はソ連に味わってもらう」
- 「85メートルを過ぎたころ、勝ったと思った」
- 「300キロのカエルをつかまえた」
- 「自分としては悔いはありません」
- 「今日の試合には負けました。でも…」
- 「選手村に帰ったら…」
- 「私はレース中、後ろを振り返りません」
- 「試合まで時間が長くて退屈しちゃうなあ」
- 「あれだけ騒いでくれたのがうれしい」
- 「他人より何倍も下手だった…」
- 「帰ったら式を挙げよう」
- 「だれがゴールしたかも覚えてないんです」
- 「大和魂を世界に示したかった」
- 「もう金が残ってないだろう」
- 「水がいつもより重く、冷たく思えた」
- 「私はリスカルだった」
- 「心臓が飛び出しそう」
- 「今まで生きてきた中で…」
- 「夢中で何もわからなかった」
- 「トレス、トレスという声が耳に入り」
- 「あとはハッタリで戦った」
- 「だれにでもチャンスがあることを学んだ」
- 「笑顔が出た分だけ良かった」
- 「父の墓参に…」
- 「もう中量級はコリゴリだ」
- 「4着だと思って泣いてしまった」
- 「チクショウ!」
- 「われわれはみんなビジネスマンだ」
- 「勝負にガメつくなろう」
- 「みんなに会ったら涙が出てきた」
- 「もう1度走ったら勝てるかなあ」
- 「キラキラして、きれいだけど軽いな」
- 「天から授かったメダル」
- 「温泉につかって海を見たい」
- 「私は幸せでした」
- 「組んだ時、体が勝手に内またに入っているんです」
- 「金がいいです~」


