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吉田フォールで決めた連覇/レスリング

女子55キロ級決勝 2大会連続で金メダルを獲得し絶叫する吉田
女子55キロ級決勝 2大会連続で金メダルを獲得し絶叫する吉田

<北京五輪:レスリング>◇16日◇女子フリースタイル55キロ級決勝

 「最強女王」が圧倒的に五輪2連覇を達成した。レスリング女子55キロ級の吉田沙保里(25=綜合警備保障)は決勝で許莉(18=中国)と対戦。完全アウェーの会場で、第2ピリオド(P)に完ぺきなフォールを奪った。今年1月のW杯国別対抗戦で公式戦連勝を「119」で止められたショック、苦悩を乗り越えた末の戴冠に歓喜の号泣。「ロンドンで3連覇を目指したい」。29歳で迎える4年後の日本女子初の「五輪3連覇」を高らかに宣言した。

 ゆっくりとメーンポールに揚がる日の丸を眺めると、たまりにたまった感情があふれ出た。もう涙が止まらない。連勝ストップから復活への苦しい道のりが脳裏によみがえる。吉田は「今日は今までで一番泣いたと思います。それくらい苦しい思いがあったから、うれしかった」と、赤い目で会心の笑みを浮かべた。

 決勝は完全アウェーだった。相手は地元中国の許莉。「圧倒されないようにと思った。前に前に出られたから良かった」。攻めて攻めて第1Pをとった。第2Pの開始43秒、タックルから強引に抑え込み、フォール勝ちを収めた。女王完全復活を世界に知らしめた。

 「120連勝」に失敗した1月19日の悪夢から解放された。W杯の米国戦、バンデュセンにタックル返しで敗れた。帰国時も空港でショックから号泣。敗戦の瞬間が頭を離れず、眠れない夜が続いた。吉田が慕う先輩で、女子代表の栄監督の妻怜那さんが「練習中に考え込むような時間が増えた」と話すほど深刻な状態だった。

 3月下旬のアジア選手権も優勝したが、母幸代さんに「お母さん、手と足が震えた。体が動かなかった」と伝えた。普段は人一倍の心配性だけに「アテネのころと違って、弱気な部分がある」とこぼしたこともある。不安を断ち切る唯一の方法が、無我夢中で「返されないタックル」の習得に励むことだった。

 この日朝、栄監督から連勝が止まったW杯の銅メダルを見せられた。「吉田は一瞬、ウッとなっていた」と同監督。準決勝まで控室に置かれた銅メダルは、決勝だけマット脇のかごに入れられていた。苦い記憶を思い起こさせるメダルを横目に「怖いと思ったら絶対にタックルに入れない。返されても取り返せばいいと思った」と開き直った。戦闘モードに入れたことが最大の勝因となった。

 「アテネ五輪からの4年間のいろいろなことが頭の中で回った。(伊調)千春選手も負けて、同じ三重出身のマラソンの野口選手は試合に出られなかった。そんなみんなの分も金メダルを取ろうと思った」。多くの思いを胸に快挙を達成した。

 試合後は栄監督に肩車されて、マットを1周した。「この先? ロンドン(五輪)ですね。4年は長いですけど、3連覇を成し遂げるため頑張りたい」。日本女子が未到の偉業「五輪3連覇」へ。1度止まった連勝は「11」に伸びた。最強女王が紡ぐ不敗神話第2章に、3個目の金メダルが待っている。【菅家大輔】

 [2008年8月17日8時30分 紙面から]


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