松永が銀、日本の伝統を死守/レスリング

- 男子フリー55キロ級決勝で獲得した銀メダルを手にする松永
<北京五輪:レスリング>◇19日◇男子フリースタイル55キロ級
日本男子レスリングが「伝統」を死守した。男子フリー55キロ級の松永共広(28=綜合警備保障)が銀メダルを獲得した。準決勝で昨年の世界王者を撃破して、男子フリーでは88年ソウル大会以来となる決勝に進出。惜しくもヘンリー・セジュード(米国)に0-2で完敗し、男子20年ぶりの金メダルはならなかったが、52年ヘルシンキ大会から続く日本男子五輪参加連続メダル記録を14に伸ばした。同60キロ級の湯元健一(23=日体大助手)も3位決定戦で勝ち銅メダルに輝いた。
表彰台でも、ほとんど表情を変えなかった。日本男子レスリング界を救う銀メダルを、松永は悔しそうに眺めた。「悔しい。世界チャンピオンになるために頑張ってきたので…。でも銀メダルを取れて、よしとしたい」。ポーカーフェースの松永らしい言葉だった。
決勝はあえなく敗れた。格下と見られたセジュードに序盤からペースを握られた。「(タックルで)足を触られたのが負け。最後、絶対に負けないという気持ちでいったけど」。第1Pを落とし、第2Pも開始13秒にタックルで奪われた3点を返せなかった。
もう体力は限界だった。左まぶたは腫れ、切れやすくなった右耳には血がにじんだ。最激戦区に入り、3回戦で世界王者2度のマンスロフを小差、準決勝では07年世界王者クドゥホフをフォール勝ちで下した。「マンスロフには初めて勝てた。世界一に2度なった人に勝てたのはうれしい」。ただ、その激戦が決勝で戦う体力を奪い去っていた。
04年アテネ五輪銅メダルの田南部力の後継者と言われたが、昨年春の左ひざ半月板や内側靱帯(じんたい)損傷などの故障が多く結果を出せなかった。昨年の世界選手権も早期敗退。期待を裏切り続ける自分を責めたこともある。だからこそ「今回は結果が出てよかった」と、この時ばかりは本音をのぞかせた。
5歳でレスリングを始めてから23年。兄博超さん(30)とともに実家のお寺の跡継ぎにしたかった父有宏さん(64)に「和尚に格闘技はいらない!」と言われたこともあった。その父を7月上旬、北京視察に誘った。会場や選手村を見て回り、帰国の途につく北京空港で有宏さんに「お寺のことはいい。自分の道を進みなさい。でも仏様と心を離してはいかん」と伝えられた。父から送られた初めてのエールに、心が燃えた。
「僕は昔から表情が変わらないとか、冷静とか言われるんですよ」。そんな落ち着きも、実家で幼少時代からお経を唱えてきたことで培われた。今でも実家に帰るたびに「お参りにはいきます。寺が家なので」。世界一の大舞台で、これまで「寺の息子」として培ってきた冷静さが生きた。
集大成として臨んだ五輪で、日本男子の誇り、五輪連続メダル獲得記録を「14」に延ばした殊勲者。だが、松永は最後まで松永だった。「今後? コーチ留学の話もあるし、こんな気持ちではレスリングはしないと思う」。快挙の余韻を残し、マットに別れを告げることになる。【菅家大輔】
[2008年8月20日8時56分 紙面から]
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